★独りぼっち
〜第2章〜
妻の四十九日法要を終えた浩は、それまで住んでいた社宅からアパートに
引っ越し、一人暮らしを始めた。家事など、初めのうちは手間取ったが、
この頃にはなんとかそつなく出来るようになっていた。
引っ越しの案内ハガキを出すべく、パソコンの住所録を見ていた浩は、マウスを
動かす手を止めた。
(そう言えば、美鈴ちゃん親子の姿を見ないなぁ)
二十年前から交流を続けている、米里美鈴と母親の陽子のことが、にわかに
気になった。月に二、三回は浩が乗務する電車に乗ってくるのに、最後に姿を
見たのは、恭子が亡くなる前で約二ヶ月前になる。
元気でやってくれていればいいのだが……と思いながら、浩は再びマウスを
動かして、ハガキの印刷準備を進めた。
作業を終えた浩は、思い立って、美鈴の家に電話を掛けてみた。しかし、
電話に出る気配はなく、浩は溜息をついて受話器を置いた。
その日泊まり勤務の浩は、刷り終えた引っ越し案内のハガキを、郵便局で
投函してから出勤した。四十九日を終えた今は、妻の死による落ち込みから
大夫立ち直り、職場では気丈夫に乗務をこなしていた。
多摩高多摩川〜大森中央を各駅停車で二往復して、三往復目の復路で、ガス橋駅
から美鈴が乗ってきたのを目認した。美鈴も浩に気が付いたようで、乗務員室に
向かって歩いてきた。
浩は美鈴に目で挨拶すると、美鈴も了解の合図を送ってきた。多摩高多摩川駅で
乗務員交代をして、列車の発車を見送ると、ホームで待っていた美鈴に声を掛けた。
「久しぶりだね。元気でやっていた?」
「ええ、ぼちぼちと」
美鈴は笑みを見せながら応えた。しかし、その顔は心なしかやつれていた。
「そう言えば、最近お母さんも見ないけど、元気にしている?」
浩は会話の延長で、何気なく尋ねたつもりだった。しかし、美鈴の表情は曇っていた。
「あの、母なんですけど……実は三月に亡くなったんです」
美鈴は声を潜めて、周りに聞こえないように打ち明けた。
「亡くなったって……ここでは話しづらいだろうから、改札のところのコーヒー
ショップで待ってくれる?」
「あ、はい」
「小父さん、この後休憩だから、詰所に鞄を置いてすぐ行くから。あ、小父さん、
アメリカンね」
突然の事に困惑気味の美鈴にコーヒーのオーダーまで頼むと、浩は急ぎ足で
詰所に向かい、鞄を置くと同僚への挨拶もそこそこに、行路表をポケットに入れて、
急いで美鈴の待つコーヒーショップへ向かった。
コーヒーショップでは、既に二人分のコーヒーを用意した美鈴が、奧の席で
浩の到着を待っていた。
「お待たせしてごめんね」
「いえいえ。せっかくの休憩時間なのに、申し訳ないです」
美鈴は恐縮しながら、浩にコーヒーを差し出した。
「それで、さっきの話なんだけど」
浩は言いにくそうに話を切りだした。
「三月中旬に、母が職場で倒れて、救急車で病院に運ばれたのですが、脳梗塞で
そのまま帰らぬ人となりました」
美鈴はまだ母親の死から立ち直れていないのか、涙で瞳を潤ませながら話した。
「それで、小父さんのところに電話したのですが、繋がらないまま、葬儀を
執り行って、昨日、四十九日を終えたところなのです」
「そうだったんだ」
「小父さんや小母さんに心配かけたくなかったので、伏せてました。ごめんなさい」
ハンカチを取り出した美鈴は、目頭をハンカチで押さえて、涙を拭った。
「謝ることないよ。実はウチの恭子、三月中旬に亡くなって、ウチも四十九日を
終えたばかりなんだ」
「え、恭子小母さんが……」
浩の告白に、美鈴は絶句した。
「美鈴ちゃんちにも電話入れたけど、やはり繋がらなくて。そうか、陽子さんと
同じ頃に、ウチの恭子も亡くなったのか」
やがて、恭子の死を受け止めた美鈴は、浩にお悔やみの言葉を伝えた。浩も、
陽子へのお悔やみの言葉を伝えると、コーヒーを口にした。
「ところで、ウチと小父さんとの繋がりの原点って何ですか?」
浩がコーヒーを口にしたところで、美鈴もコーヒーを口にして、尋ねてきた。
「そうだね、今から二十年前になるかな」
浩はそう前置きして、兼田家と米里家の繋がりを話し始めた。
二十年前、浩がまだ二十歳でガス橋駅の駅員をしていた頃だった。ホームの
掃除をしていると、二歳ぐらいの女の子が突然駆け寄り、「パパー」と泣き
じゃくりながら、浩の足にしがみついた。
突然の事に為すすべも無かった浩に、慌てて駆けてきたのが、母親の陽子だった。
「駅員さん、すみません」
とにかく謝ると、陽子は子供の美鈴を浩の足から離し、あやしながら抱き上げた。
「本当にすみません。駅員さんが亡くなった夫に似ているものでして、美鈴も直感的に
感じたんだと思います」
陽子は美鈴を見つめながら、そう話した。陽子の話では、美鈴の父親は
交通事故で亡くなったばかりだと言う。
「そうなんですか」
浩は心の中で迷った。これも何かの縁で、自分はまだ独身だから、自由がきく。
いっその事、父親役を買ってでようか……。
そう考えてから答えが出るまで、時間は短かった。
「あの、僕でよろしければ、美鈴ちゃんの遊び相手になりますよ」
浩の言葉に、陽子はにっこり笑みを見せた。それから、浩と米里家の交流が始まった。
美鈴も浩にすぐなつき、浩は女手一つで美鈴を育てる陽子のことを不憫に思って、
一度はプロポーズをしたが、陽子の「浩さんとの子供が出来たら、美鈴の事が
おろそかになる」の言葉に、結婚を諦めた経緯もあった。
その後、浩は恭子と出会い、結婚することになったが、恭子に米里家との関係を
正直に話し、恭子もそれを承諾した。また、恭子が子宮ガンと診断され、子供が
産めない身体になってからは、恭子も美鈴を我が子のように可愛がる事で、
悲しみを乗り越えた。
そこまで話し終えたところで、浩の休憩時間が終わりに近づいた。浩はコーヒーを
流し込むと、二人分のコーヒー代を美鈴に渡して席を立った。
「今度、お母さんへ線香あげに行くから」
美鈴にそう声を掛けると、浩は急ぎ足で詰所に向かった。コーヒーショップの
前では、美鈴が唖然としながら立って浩を見送っていた。
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