★一輪の花(初版)
〜第2章〜
南大井駅の下りホームの三田寄りに、ピンクの花が手向けられるようになって、
一ヶ月経った日の夕方、落合は大森中央駅の休憩室で、偶然にも月島と一緒になった。
二人とも、夕食を取るところで、隣同士に座った。
最初こそ世間話をしていたが、どちらからともなく、ピンクの花の事が話題になった。
「落合はいつから気が付いていた?」
月島の問いに、落合は自分以外の人物が花の事を知っていたと思うと、もっと早く
その事に気付かなかったのかと悔やんだ。
「俺は十一月の終わりの、雨降った日だけど。そういう月島はどうなんだ?」
「俺はその次の雨の日だったから、十二月に入ってからだな」
「という事は、十一月の終わりから、という事だな」
「そう言う事になるな。あと、火曜日にも置かれていない?」
「言われてみればそうだなよな」
落合と月島は、花が手向けられているのに周期があることを、確認し合った。
「ところで、あの花、一体何の花だ?」
落合は今まで疑問のまま残っていた事を、月島に尋ねた。
「あれ、ピンクのチューリップ。この時期にしては珍しいよな」
「なるほどね。でも、なぜ決まった周期で花が手向けられるんだろう」
落合の問いはもっともな事であった。理由無く花を置かれても、駅としては
迷惑を被るだけである。それも、一回だけならず周期的に置かれているという
ことは、それなりの理由があっての事だろう。落合と月島は空になった弁当箱を
そのままにして、腕を組んで考えた。
「もしかしたら、人身事故の犠牲者の、慰霊のためじゃないか」
そう切り出したのは月島のほうだった。二人はここ最近、南大井駅で起きた
事故を思い浮かべた。
「最近の事故と言ったら、この間の小牧の殉職ぐらいだよな」
落合は、自社の社員の殉職にしんみりしながら答えた。
「小牧か。あいつ、優秀な上に、結婚決まったばかりに殉職したからな」
月島も、自殺志願者の飛び込みを阻止しようと、若くしてこの世を去った駅員
の事を思い出して、俯いた。
「小牧の慰霊だとしたら、品川さんかな」
「いや、品川さんなら、一本ずつって事は無いだろう。第一、小牧の事故って月曜日だったぞ」
落合の言葉に、月島は異論を唱えた。
「南大井は昔から人身事故のメッカって言い伝えられているからな。どの事故
なのかまでは分からないと思うよ」
「事故に詳しいのは駅務だよな……あ、いるじゃん、同期でここにいるヤツが」
月島は先が見えたような明るい顔に変わった。
「そう言えばいたなぁ。若王子だっけ?」
「そうそう、若王子」
落合の記憶に、月島は頷いた。
「彼なら大抵の事を知ってそうだな」
落合も、同期の駅員の存在に気が付いて、表情が和らいだ。
「せっかくだから、若王子を呼んで、飲みながら話そうや」
月島はすっかりその気になって、乗務手帳と携帯電話をポケットから取り出し、
若王子政人に電話を掛けた。落合、月島、若王子の三人の都合を摺り合わせた結果、
三日後の夜に飲み会を行うことが決定し、月島は電話を切って、携帯電話をポケットにしまった。
「若王子、事故記録をコピーしてくるとか言っていたから、これで少しは花の真相が分かるな」
月島は自信の笑みを見せて、空の弁当箱を袋に入れて、捨てる準備をした。
「そうだな、これで真相が分かれば、俺たちも変に気にしなくて済むしな」
先に弁当箱を捨てる準備をしていた落合は、立ち上がりながら頷いて応えた。
三日後、JRの大森駅に集合した、落合、月島、若王子の三人は、近くの雑居ビル
内の手頃な居酒屋に入った。
店員が注文を取って行くなり、若王子は鞄の中から事故記録のコピーを取り出し、
テーブルの上に置いた。
「何、南大井ってこんなに事故多かったっけ?」
開口一番に声を上げたのは運転士の落合だった。確かに先輩から「人身事故は多いよ」
と聞かされてはいたが、実際に束になっている用紙の量を見て、驚きを隠せずには
いられなかった。
「一応、小牧の殉職の一年前から今日までの記録だけど、ここまで多いと俺も分かんねぇ」
事故記録をコピーした若王子も、自分の管轄の駅がいかに人身事故のメッカであるのか、
呆れている様子だった。
「花が手向けられているのが、雨の日か火曜日となると、その両方に該当すれば
いいんだけど、これって、天候までは載っていないんだよね」
一枚一枚、事故記録をめくって見ていた月島も、火曜日の事故だけでも十件
ある事に溜息をついた。
「少なくとも、小牧の殉職に対する花ではないのは確かだな」
「ともなると、火曜日に事故があったこの十件が有力視って事か」
落合の持論に、若王子も同意した。
「でもさ、花が置かれるようになって一ヶ月だろ。誰一人その瞬間を見ていないのが、
不思議なんだよな」
月島は納得しそうで納得できない表情だった。
「俺んとこ、小牧が亡くなってから人手不足で、南大井に行く事もあるから、
気をつけてみるよ」
若王子は今の勤務体制が、かえって好都合であることを告げた。
「そうだな。俺らも気をつけて見るけど、そうしょっちゅう見ていられないからな」
落合も、月島に同意を求めるように尋ねた。月島も、若王子と落合の意見に異論は
なかった。三人で花の主を捜すべく、観察することを約束しあった。
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