文芸処・椋岡屋

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作品集

掲載日:2013年02月01日

★いつの日にか

第2章

 多額の累積赤字を出した国鉄の民営化法案が可決され、新生JR発足に向けて準備が始まった頃、国鉄で運転士をしている父親の転勤に伴い、 志穂はそれまで住んでいた北海道から、東京に引っ越す事になる。父親は多くは語らなかったが、連日報道する新聞で、転勤の理由が、首都圏の国労運転士と東北、 北海道の旧動労運転士を入れ替える、いわゆる「血の入れ替え」による事を知る。

 しかし、国鉄アパートに住んでいた志穂の周りは、やはり親が国鉄職員で、国労組合員も見受けた。志穂が東京に引っ越す事で、陰口を言う友達もいた。 志穂もそれなりに、父親の転勤の事を語ってはならない気がして、直前まで友達にも内緒にした。
 東京に引っ越しても、自分の父親が国鉄職員、ひいては運転士である事を伏せるように言われる。東京に転勤したからと言っても、 必ずしもJRに採用されるとは限らないからだ。

 国鉄民営化までの日数が減っていく中、北海道の友達から手紙を貰う。そこには、AさんちはJRに採用されたけど、Bさんちは採用されなかったと書かれてあり、 その友達自身も、父親はJRに採用されなかった。友達自身は父親が活発に組合活動をしていたのを察していたので、恨みはないと言っていたが、 別の友達からは、あからさまに「自分たちを、ふるさとを裏切った者なんか、二度と北海道に来るな」と手紙が送られた。

 自らの意志ではなく、入っていた組合で活発に活動をしていたかどうかで、進む道が決められる。不条理の道は、人生までをも変えてしまう。

 北海道なまりも手伝って、友達の少ない志穂は、自分の父親が国鉄の運転士である事を恨む事があった。父親もその事に気が付いていたのだろう。 娘には頭が上がらない思いで、せめて、彼女がやりたい事をさせようという思いでいたらしい。

 国鉄がJRになって、その歪みが表に出てくる頃、志穂は高校受験を迎える。親の負担を考えると、公立に進むべきなのだが、JR社員の娘という事で、 言われのない事を言われるぐらいなら、私鉄沿線のキリスト教主義の私立の方がまだいいのではないか。その理由だけで、聖ルカ学園の高等部編入試験を受け、合格する。

 聖ルカ学園は初等部から高等部まで一貫教育のため、途中で編入する志穂が、どこまでなじめるかの不安はあった。志穂が北海道出身と言う事を 事前に教員に伝えておいた事もあり、授業などで上手くとけ込めるように教員が指南した。その事もあり、普通の友達はすぐに出来た。


 親友と呼べる人に出会ったのは、1学期も1ヶ月過ぎてから行われた席替えで、 隣の席になった品川希望のぞみ……後に結婚して小杉となる……だった。 お互い、最初はよそよそしくふるまっていた。希望に言わせると「自分はよそ者で異人の成りをしている」と自らを近づけさせようとしないオーラが出ていたと言う。

 希望とうち解け合うきっかけは、希望の元に来た別の友達との会話だった。

「昨日ね、海岸線に乗ったら希望ちゃんのお父さんの電車だったよ。お父さん、素敵だよね~」

 その言葉に、希望の父親が多摩川高速鉄道の運転士である事を素早く察する。彼女が話し終えたところで、

「もしかして、品川さんのお父さんって、多摩川高速の運転士?」

単刀直入に尋ねる。希望は一瞬返答に迷う表情を見せたが、頷く。

「本当は親が鉄道の運転士というのは隠しておきたかったけど、初等部からの同級生は知っているから、親を見掛けると色々と報告してくるの。そういう河合さんのお父さん、 JRの社員なんでしょう?」

 希望はノートを立てて端を揃えながら、聞き返してきた。

「どうして分かるの?」

 焦って口にする志穂の愚問に、希望はPTA名簿で知ったと答える。

「実はね、私の親も昔、国鉄で運転士をしていたの」

「それで今はなぜ多摩川高速なの?」

「良く分からない。親は親なりに理由があるみたいだけど」

 彼女の言葉は何を意味するのだろう。もしかしたら、自分が東京に来た理由を知っているのではなかろうか。今の時期において、親が国鉄で働いていた事を話すのは、 内部事情を知っているか、全く知らないかである。親が同業で運転士をしているとなれば、後者と言う事はあり得ない。他の同級生には隠しても、 彼女には本当の事を話した方がいいのかもしれない。

「私、民営化の『血の入れ替え』で東京に出てきたから、多くの仲間を裏切ったと思っているの。聖ルカに編入したのも、JRを使いたくなかったから」

 志穂の言葉に、希望はしばし黙ったが、すぐに笑みを見せて、

「私はそんなことは気にしない。それより、私たち、何か似ているところがあるかも」

自分を慰めるように語りかける。

「そうだね。そんな気がする。神様の思し召しかしら」

「そうかも。どうぞよろしくね。ねぇ、志穂って呼んでいい?」

 希望は屈託のない笑顔で自分を受け入れる。

「もちろん。私も希望って呼ぶね」

 志穂も希望の事を受け入れ、互いに手を合わせてこれからの友情を誓う。ここには自分の過去を知ってもそれでも受け入れる人がいる。それだけが、 自分を知る人が誰もいない東京で生きるにあたって、かけがえのない支えとなる。

 その後、希望と、父親の転勤に合わせて高等部に編入してきた奥沢の三人で行動を共にした。同級生は「類は友を呼ぶ」と言っていたが、気にしても始まらない。


 聖ルカ学園での3年間は瞬く間に過ぎ、希望は多摩川高速鉄道に入社、自分は強い関心を持っていた地理を学ぶため、都内の私立大学に進学した。 大学では交通地理を専攻し、交通網の整備による都市開発について学んだ。当然、次の進路もそれを見据えて方向を決めていく。

 生まれ育ったふるさとの過疎化に心を痛めた志穂は、自分が学んできた事を生かすために、北海道職員になるため公務員試験を受ける。 同時に東京都の公務員試験も受けるが、両方とも、二次試験で不合格となった。ことに北海道に対しては、ふるさとを裏切ったそのしっぺ返しなのかと悩む。

 就職浪人は出来ないので、志穂は学んだ事が少しでも生かせる会社を見つけては、試験に臨む。その中で、多摩川高速鉄道で、専攻に関する事を深く聞かれ、 手応えを感じる。既にいくつか内定を貰っていたが、その手応えに、志穂は多摩川高速鉄道への入社を決める。希望がいる事も判断材料の一つだった。

 多摩川高速鉄道に入社すると、駅業務に2年、技術職の業務で1年の現場研修が待っていた。駅業務研修では、大森駅務区に配属される。 大森駅務区では希望が既に活躍しており、時折比べられる事に悔しさを感じたが、3年働けば本社に戻れる……その事だけが励みとなる。父親が国鉄職員故に、 各地を転々とし、挙げ句の果てには裏切り者呼ばわりされた志穂には、仮に鉄道会社に勤めても、鉄道員にはなりたくない、という思いがある。そのための、大学進学でもあった。

 本社に戻る前に、改めて配属の志望調査と適性検査が行われた。適性検査は回答がそのまま適性に繋がる訳ではないので、多少のミスは気にしていないが、 それでも自分では認識していない適性が出てくるのではないかと、不安に感じた。

 志望配属先を開発事業部にしたにも拘わらず、辞令が下りた先は車両部車両課。文系で、専攻も車両の事には一切関係ないのに、なぜ車両部?  自分が、ふるさとを、仲間を裏切った鉄道に直接関わるのだったら、鉄道会社に就職するのではなかった。不動産会社に就職した方がよっぽど 自分の心のために良いのではないか、という思い。その一方で、自分が知らない本当の適性を見抜いた上での配属だと思うと、異議申し立てが出来ない。

 専門ではない事をどうやれば良いのか? なぜ自分がその部署に行く必要があるのか? 思った事を希望にこぼした。

「単に事務的能力を求められているのなら、大卒である必要はない。車両メンテナンスや車両設計などをトータル的に見て、それを統括する能力があると見込まれて、 志穂に白羽の矢が向けられたのではないの? それに3年も経てば状況も変わるんだし」

「そっか、統括かぁ……」

 希望は至って冷静に物事を見つめていた。自分に見出されていたものは、リーダー的素質。それを生かすために、車両部という職場が与えられたのかもしれない。

 それでも、心の中ではふるさとを思い、ふるさとの活性化のために力になりたいという夢がある。その夢をどう実現させるか。時期を見て、 開発事業部への異動を申し出るつもりではいるが、自分が望む仕事と自分に合う仕事は異なるだろうから、車両部での仕事が続くのであろう。