文芸処・椋岡屋

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作品集

掲載日:2013年02月01日

★いつの日にか

第3章

 気が付いたら、舞台ではアカリが車掌によって制服制帽を身につけている。いつの間に中島みゆきはカゲからアカリに変わったのだろう。

「ひとつの軌道に誰かが入っている限り、その出口は、必ずその誰かのためにしか開かないつくりになっている」

 アカリの言葉に、志穂は自分が車両部に配属されたのも、運命としての一つの約束であり、それが自分以外には開かない事を感じた。それは引き継がれるものであり、 またいずれは自分が次の者へ引き継ぐであろう。仕事と命では重みが全く異なるが、それでも信じるしかないのだろう。

 舞台はクライマックスを迎え、アカリが「命のリレー」を熱唱する。その命の重き歌に、志穂の瞳にも涙が潤む。初めて聴く曲で泣くなんてそうそうないのに……。

 キャスト総出で転轍機を探し、命の線路を切り替える。そしてアカリが辿り着いた先は、法廷。赤の他人としての証言をするため。元の世界とは違っているのは、 それが命の線路の行き先だからではないだろうか。

 第3幕。カゲに起こされ、アカリは深い眠りから覚める。そこはデザイナーとして成功しているアカリの部屋。仕事が一段落付いた夫と共に仲睦まじく出かけ、 カゲがそっと見守る。

 結局、何だったのだろう。アカリと同じく、自分もいつかは成功するのだろうか。夢があるうちは、もう一つの自分の人生を追い求める事が出来るのか。 夢、そして使命を現実のものにした、希望のぞみはどう思っているのだろう。

 神妙な思いで「サーモン・ダンス」を聴く。自分も見えない転轍機を探している事を思いながら。

 カーテンコールの後、再びKENJI が現れ、「命のリレー」を朗読し、続いてジョバンニが可愛らしい声で歌い上げる。

 命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ……この言葉が強く心に残る。自分と希望の共通の友人が、志半ばでこの世を去った。それは病であったり、 殉職であったり、不慮の事故であったり。その彼らの死に、神は残酷ではないかと思うが、その一方で、自分たちを彼らの命のバトンを引き継ぐ者と なさしめたのであろう。当然、中島みゆきは彼らの事を知らないが、彼女が彼ら、そして自分たちのために歌っているように思えてならない。 それだけ「命のリレー」は、中島みゆきが強く伝えたい事なのだろう。

 それにしても、少年ジョバンニと「命のリレー」がどう関係するのだろうか。前回の上演を見ていない志穂は理解に苦しみ、思った事を希望に話してみる。

「多分、みゆきさんは今回の夜会を、『銀河鉄道の夜』へのオマージュとして作り上げて、そこに輪廻転生の考えを入れたのではないかな? 命の線路はまだまだ続くから、 旅の途中のジョバンニとしたのじゃないかしら」

 彼女の口から、「輪廻転生」という言葉が出た事に驚いたが、希望の見解に、そういう見方があるのかと、志穂は妙に納得する。生き方を考えさせられ、 要所で泣いた舞台は初めてであり、誘ってくれた希望には感謝するのみ。多感な高校時代から共に歩み、自分の生き様を見てきたから、自分に声を掛けたのかもしれない。 希望には、今度、晩ご飯をおごろう。

 渋谷駅に向かいながら、志穂は舞台を思い返す。ふるさとに帰れない者たちへの歌は、ドラマの主題歌になっているから、当分の間は聴けるとしても、 あの、祖国の事を雄大に歌った曲は、もう聴く事が出来ないのだろうか。いつかは北海道に帰って少しでも役に立ちたい。たとえ裏切り者と呼ばれても、 ふるさとを思う気持ちは変わらない。

「『我が祖国は風の彼方』のこと? アルバム『転生』に収録されているよ」

 希望に聞くと、すぐに答えが返ってきた。希望には自分が何を思っているのかが分かっているらしく、それ以上の詮索はしなかったし、 大抵のCDショップで売っているとだけ教えてくれた。

 転生。生まれ変わる事。終わりは始め。「24時着00時発」のタイトルに込められた意味である。国鉄が民営化されてJRとして生まれ変わったように 世の中は常に生まれ変わり、引き継がれていく。生まれ変わった先には、新しいもう一つの人生が待っている。