★記憶
〜第2章〜
菅田が女性の視線を感じた日を境に、日が経つにつれて、
三田乗務区の運転士の間には、妙な噂が飛び交っていた。
朝はほぼ同じ時刻に、乗務員室右側に女性が立ち、運転席
……正しくは運転士なのかもしれない……を見つめ、三田駅で
多摩川高速鉄道の運転士と乗務交代している間に座席に座っている。
誰かを探しているのではないか、それが噂の真相である。
やがて、朝のみならず、夕ラッシュ時にも、運転席を見つめる
女性がいる事も判明してきた。ただ、菅田と、顔立ちがよく
似ている峰沢以外の運転士の場合、電車の前に出る事はなく、
すぐに改札口に向かうらしい。
彼女が現れるのも、朝は巣鴨で乗務員室後ろに立ち、夕方以降は
三田から新板橋まで立っているというのも分かった。
そんな噂が飛び交う中、朝、女性が乗り込むと言われている
電車の乗務を、菅田が担当する日が来た。噂の女性があの日
見た女性であれば、新板橋から乗車して来るだろう。しかし、
女性に見つめられてから幾日も立っている上、はっきり覚え
ている訳ではない。どんな人だろう。そう思いながら、新板橋の
ホームに滑り込むように電車を停車させた。
乗務員室の右側には、男性がもたれかかる様に立っていたが、
巣鴨に到着し、山手線に乗り換える乗客が一斉に降りた後、
男性と変わって女性が立ち、運転席を見ていた。
(彼女がそうなのか?)
都心に向かう乗客を乗せて、慎重に加速しながら、菅田は
窓に映り込む女性の姿をちらりと見ながら思った。運転中に
自分の姿を見られる事自体は、特に気にする訳ではなかったが、
相手が噂の女性と言う事が妙に気になり、ブレーキのタイミングを
はずす事もあった。
やがて、都心を過ぎ、三田に向かって車内も徐々に空いて
きているのだが、女性はその場を離れる気配はなく、電車は
三田駅に到着した。
三田で乗務交代の菅田は、手際良く降車支度をして、次に
乗務する多摩川高速鉄道の運転士に引き継いだ。引き継ぎの時、
菅田は女性の視線を感じ、噂の女性に間違いないと感じた。
ホームで電車を見送ると、反対方向の電車の乗務のため、
ホームを歩いた。歩きながら、何故自分に視線を感じるのか
考えたが、答えは出なかった。
|