文芸処・椋岡屋

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作品集

掲載日:2009年04月20日

★難破船~逸脱した鉄路~

 その日、朝から何かがおかしかった。同僚には平静を装っていたが、心のどこかで、歯車が狂っている……そんな感じがした。

 乗務交代駅から宝塚駅まで車両の回送。それから上り電車として、都心に向かう。今まで幾度かやった行路という安心感も手伝ったのだろう、 定められた時刻通りに運転を続ける。歯車が狂っていると感じた乗務前の不安は、いつしか消えていた。

 目的地の宝塚駅で、保安装置の作動により、非常ブレーキが掛かり、停車位置の手前で停まる。こんな時こそ冷静にならなければならないのに、 停車位置を直そうとして、停車位置超過。二重のミスに、どうしたものかと考えた。

 睡眠不足による注意不足か? 確かに、昨晩、友達から電話があり、就寝時刻はいつもより遅かったが、それが直接睡眠不足に繋がるとは思えない。 むしろ、熟睡していたから、睡眠の質としては良い方だろう。睡眠不足でなければ、一体何が原因だろう?


 そんな事を気にしては、安全運転は出来ない。今までのミスはこれから始まる営業運転で取り返せばいい。どこか安易な気持ちを感じながらも、 深呼吸を繰り返す。通勤ラッシュが終わったとはいえ、時差出勤の会社員や大学生はこれから目的地に向かうのか、 乗車人員は始発にしては結構な数字が、運転台のモニターに表示されている。もちろん、途中駅での乗降もあるだろうから、最終的な数字ではない。

 自分では慎重に運転していたつもりだった。運転種別も快速であることも、頭に入れていたつもりだった。だが、次の川西池田駅で停車位置の修正。 さらに、伊丹駅で、70メートルの停車位置超過。2~3メートルなら、そのまま乗客扱い出来ただろうが、 さすがに車両2両半相当の超過では、停車位置を修正しなければならない。車掌に停車位置の修正を告げると、逆転スイッチを後に入れて、バックをする。

 度重なるミスに、見習い期間中に犯した100メートルの停車位置超過で、乗務を下ろされ、日勤教育を受けた事が蘇る。 日勤教育なんて、言葉だけで、実態は反省文の提出や電車区内の草取りが主たるもの。運転技術を再確認し、必要に応じて運転技術の習熟とはほど遠い。 あの時は何度も上司から咎められ、13日も反省文を書かされ、やっと解放された。 あの苦痛は実際にやった者でないと分からないだろう。他社はもっと短く、技術習熟のための教習に重点を置いているというのに……。

 70メートルの停車位置超過。どう考えても、このまま申告したら日勤教育が待っている。いや、もう二度とハンドルを握る事さえ出来ないかも知れない。 とっさに思いついたのは、停車位置の超過距離の虚偽申告だった。

 僕は車掌呼び出しブザーを鳴らす。車掌の応答があると、車内送話器の受話器を上げる。

「あの、超過距離、8メートルぐらいに過少報告してもらう事は出来ませんか?」

 声の感じから、ベテランと思しき車掌がどう応えるか。ダメだと言われたら、その先の夢は打ち砕かれる。

「分かった。8メートルぐらいね」

 車掌からの返答は、虚偽報告を認めるものであった。

「ありがとうございます。助かります」

 丁寧に礼を述べて、受話器を置くと、伸びをし、深呼吸をして、次の運転に備える。

 しかし、この停車位置超過で生じた遅れは1分半。アーバンネットワークが売りの我が社では、たとえ遅延が30秒であっても、 接続するはずの電車と接続出来ない場合がある。

「1分以上の遅延を取り戻せないようなら、運転士として失格だ」

 日勤教育で言われた言葉が脳裏を過ぎる。遅延を縮める唯一の方法は、速度を上げる事。うまく行けば、1分ぐらいの遅延は軽く取り戻せるだろう。 不確かな行為であるが、何もしないより、した方が自分の立場は守られる。


 後は、出せるだけの速度で走っていく。いや、指令とのやりとりを気にしているあまり、自然に速度が出たのだろう。レールが軋む音が風に抱かれ、流されていく。 もはや、今の自分には、遅延時間を縮めることと、自分が犯した停車位置超過について、車掌が指令にどう申告しているかだけが、心の中を占めていた。

 限りなく真っ直ぐに、限りなく速く、限りなく間違って……先を急ぐあまりに、尼崎駅手前の急カーブの存在を忘れる。幾ら脱線防止に線路が傾いているとはいえ、 このままでは遠心力で脱線を起こしてしまう。とっさにかけたブレーキが、制限速度を大幅に超過した電車という名の舟のバランスを崩す。 もはや制御不能となった電車を待ち受けていたのは、線路沿いのマンションだった。

 なぜこんな事になってしまったのだろう。もしかしたら、船出の前から定められた運命だったのか。様々な苦痛の思い出を捨てるには、 自分のしたことは愚か過ぎた。確実に停める、その自信があっただけに、その自信を過信していた自分があまりにも哀しすぎる。

 後悔は終わらない。消すことも出来ない。ずっと消えない後悔を、誰が許してくれるのだろう。忘却の鉄路と許しの鉄路はどこで一つの鉄路になるのか。 いや、もはや一緒になることはないかもしれない。

 世の人たちは言うだろう、運転経歴が浅く、運転技術が未熟なのに、ベテランと同じ事をして、大惨事を引き起こしたと。

 ただ僕は、運転士という自分の立場を守るためにした事に過ぎないのに、多くの犠牲を生んだ。いや、自分の立場を守ったばかりに起きた事故だろう。 だが、利益重視の会社の中で、電車という大勢の命を預かる筺を制御する自分が、会社の犠牲になっていた事に、誰も問わないだろうし、誰も言わないだろう。

 マンションに激突し、車両に挟まれ圧迫される。声も出せず、身動きも取れない。あとはただ、死を待つしかない。人として愚かな行為を安易に取った、その代償として……。




 春うららかな、いつもの日常に、テレビが異変を知らせる。

「番組の途中ですが、JR宝塚線脱線事故についてのニュースをお送りします」