★線路よ輝け、未来へ
パートリーダー会議
5月最後の日曜日、夏に行われる吹奏楽コンクールの課題曲を決める
会議を行うべく、各楽器のパートリーダーが招集された。
いつもなら、定期演奏会で好評の曲……言い換えれば、5月の時点で
仕上がりの良い曲……が選ばれるのだが、今年の課題曲が行進曲以外で、
尚かつ、演奏時間もバラバラのため、意見が分かれるのは目に見えていた。
指揮の里美からは、自由曲となる「おほなゐ」の楽譜も持参するように
指示されていた。それが何を意味するのか。永田は不安を胸に、
練習場の会議室に入った。
「定演で好評だった曲を選びたいところですが、今年の自由曲は、まず長い。
そして曲全体に意味があり、重いです。曲に込められた意味、そして願いを生かすため、
今年は自由曲を基準にして課題曲を選びます。異議のある人」
里美は方針変更の同意を各パートリーダーに求めた。方針変更に異論を
唱える者はおらず、まず、自由曲のカットについて話し合いを始めた。
「第一楽章だけとか、第三楽章だけとか出来ないんですかね」
「それだと、『阪神淡路大震災』を表現するという、この曲の意味がないではないか」
永田は、ユーフォニアムの杉田の意見に、即座に噛みついた。
「そうですね。『阪神淡路大震災』を表現する、ということで、H交響も、
K奏和奏友会も、第一楽章と第三楽章を演奏していると思います。ですから、
この二つの吹奏楽団のカットを基本にしたいです」
里美の意見に、パートリーダーたちは、次々と挙手して自分たちの意見を口にした。
多くは、全国大会で金賞を受賞したK奏和奏友会のカットを望んだ。
その中で永田は、流れている空気に逆らう様に、手を挙げた。
「賞ではなくて、『阪神淡路大震災』を風化させないために、表現するのが、
この曲の目的ではないですか? 地震だけではなく、二次災害の大火災も
取り入れるべきではないでしょうか」
永田の言葉に、会議室はどよめきに包まれた。
「本当は復興のテーマも入れてもらいたいのですが、それは多分無理だと思いますので、
地震の惨状と、まだ心の傷の癒えていない方々へ、また未来への祈りをじっくり
演奏した方がいいと思います」
永田の意見に頷いたのは、里美だった。
「そうですね。歴史的背景を美化する事なく、あえて生々しく描写している部分を
カットするのは忍びないですからね」
「でも、H交響のカットで、制限時間のほうは大丈夫なのですか?」
里美の意見に、フルートの大塚が質問を投げ掛けた。
「今年より、2002年の方が課題曲長かったのではないか?」
大塚の問いには、サックスの佐久間が答えた。里美は参考資料として持ってきた
CDの中から、2002年全国大会一般の部のCDを見た。
「『ラメント』で約5分20秒。今年は『風之舞』が5分30秒以外は、5分前後。
H交響は『ラメント』をやっていますから、『風之舞』以外なら余裕でしょう」
里美は課題曲の参考演奏が相対してゆっくり目である事も説明した。
「先生、H交響のカットだと、P波の打楽器と金管低音がないので、
それは入れて欲しいのですが」
更に永田は、里美に提案を持ちかけた。
「と言いますのは?」
疑問に思ったのか、里美は問い返した。里美の問いに永田は、
「いろいろ聞いたり、調べたりしたのですが、地震の直接の揺れよりも、
まず轟音で目を覚ました人が多いのです。天野先生はP波の到来として
表現していますが、普通に聞けば、轟音にも受け止められます。ある意味、
阪神淡路大震災の象徴だと思うのです」
自信を持って答えた。
「なるほどね」
腕を組みながら永田の持論を聞いていた里美は、頷いて同調した。
H交響の全国大会での演奏に、P波到来のシーンが無い事に、今更の様に
気が付いた他のパートリーダーからも、「なるほど」と声が上がった。
「それだったら、朝のテレビ音楽も入れたらどうですか? 地震当日の
夜明け前の小鳥のさえずりよりも、テレビやラジオの音楽の方が現実的ですし」
手を挙げて発言したのは、トランペットの広崎だった。
「となると、伸びるのはどれぐらいですか」
里美は、持ってきたCDラジカセにCDをセットすると、H交響、
K奏和奏友会の全曲版の演奏を聞いた。その場にいるパートリーダー全員、
固唾を呑んで、里美を見つめた。
「H交響が約20秒、K奏和奏友会が約30秒。これにP波のシーンが
約5秒加わる事になりますね」
10秒の違いは、恐らく演奏のテンポの違いだろう。
「『おほなゐ』のテンポをH交響の速さで行けば、約25秒の追加で済みますから、
トータルで約6分45秒。これでどうでしょう」
「異議なーし」
里美が示したカットに、どのパートリーダーも異議を唱えなかった。
永田は自分の意見と、広崎の意見が採り入れられた事に、安堵して、
他のパートリーダーに頭を下げた。
「となりますと、課題曲は見えてきましたね。3、4、5のどれか。
安全牌なのは、5の『サード』ですが、あなた方は4の『鳥たちの神話』
がやりたいのでしょう」
里美の言葉に、大半が図星だったのか、会議室は笑いで包まれた。
「『鳥たちの神話』格好いいですからね。私もやりたいです」
再び、会議室は笑いの渦が巻き起こった。
「ただし。条件として、『鳥たちの神話』の目標タイムを4分45秒とすること。
これが出来なければ、自動的に『おほなゐ』はK奏和奏友会のカットになります」
里美の脅しとも言える言葉に、皆、真剣な表情になり、
「ここまで来たら、やってみせます」
口々に応えた。永田も、自分の意見で自由曲が長くなった手前、後に下がれない。
もっとも、「鳥たちの神話」は永田の好きな曲でもあり、好きな曲をやるためなら、
アップテンポでも付いていく、という意気込みはある。
課題曲が決まったところで、里美は「おほなゐ」のカットの箇所を指示した。
皆、指示された箇所をチェックして、この後の合奏練習に備えた。
一時間に渡るパートリーダー会議が終わり、永田が会議室を後にしようとした時、
里美から声を掛けられた。
「今年は永田君が一番良く勉強していますね。お陰でイメージ作りに助かります」
「いえ。勉強したと言うよりは、明石さんたちの想いを多くの人に伝えたい、
という気持ちが強いですね」
永田は少しかしこまって応えた。
「その想いに応えられる様に、私も頑張りますから」
里美は永田の肩に手を乗せると、会議室を後にした。永田は満更でもない表情で、
里美に続いて会議室を後にした。
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