★線路よ輝け、未来へ
オフ会
朝から冷たい雨が降りしきる。何も文化のイベントが行われる日に
雨なんか降らなくてもいいのに……永田はそう思いながら、東京駅3・4番線
ホームの上野寄り先端で、腕時計を何度も見た。
2004年10月30日。この日から二日間、全日本吹奏楽コンクール
大学・職場・一般の部が開催され、西日本エリアに住む明石、藤田、立花の
三人が揃って上京してくる。永田自身、今年は全国大会の演奏を聴いて、
今後の演奏の糧にしようと、初秋の時点で思っており、せっかくの機会なので、
明石たちと一緒に聴く事にした。
とはいえ、掲示板やチャットで何度も意見を交わした相手でも、
いざ会うとなると緊張感が永田を襲った。三人とも、初対面。緊張しないほうが
おかしい……そう思いながら、ホームを眺めた。
約束の時刻に、明石たちと思しき三人組が、明らかに待ち人を探している素振りで
永田に近付いてきた。永田も、すぐに三人組が明石たちと分かり、自分の方からも、
手を振りながら近付いた。
「永田さんですよね。初めまして。明石です」
「そうです。初めまして」
永田は三人と挨拶交わすと、やってきた京浜東北線の電車に三人を導いた。
「明石さんたちは毎年、コンクールを聴きに行っているのですか?」
土曜日の昼間で賑わっている車両で、永田は愚問ともとれる質問を三人にした。
「そうですね。私がサイトを立ち上げた年から、三人で一緒に行っていますね。
今では、私のサイトの恒例行事ですよ」
明石は嫌な顔を一つも見せないで、永田の愚問に答えた。
会場である上野の東京文化会館には、既に開場を待つ吹奏楽ファンが雨の中、
列をなしていた。待っている間、四人は自己紹介をした。
「へぇ、永田さんって、SEなんですか。その業種だと、確かに会社に備蓄品ないですからね」
「明石さんって、もっと年上の方かと思ったのですが、私と殆ど変わらないではないですか」
「この中では、立花さんが一番年上で、藤田君が一番年下ですね。藤田君は何せ、
阪神淡路大震災の時は、まだ高校二年でしたから」
それぞれの手記を読んで、だいたいの年齢層は掴んだつもりの永田だったが、
実際に遭って話をする事で、ネットの繋がりが表の顔を見せない仮装のものである
事を感じた。同時に「おほなゐ」という一つの曲で結ばれた運命も強く感じた。
やがて開場時刻となり、一階席で四人揃って座れる場所を探して、座席に腰を下ろした。
その間に、藤田が四人分のパンフレットを購入して、席に着いた。
この日は大学の部の演奏が繰り広げられ、初めて全国大会の演奏を聴く永田には、
自分より若い学生が、自分より完璧に吹きこなしている事に、衝撃を受けた。
明石たちは毎年聴きに来ているだけに、演奏の善し悪しが分かっている様だった。
永田はそんな明石たちがうらやましく思えた。
大学の部が終わり、四人は上野駅で食事を共にした。その日の演奏の感想はもちろん、
明日の演奏の予想もしあった。明日の一般の部では、永田の地元、
神奈川県代表のYブラスオルケスターも出演する。自分たちと何が違うのか。
この耳でとくと聴こう。
秋葉原のホテルに泊まる明石たちと別れ、一人京浜東北線の電車に残った永田は、
手記の事を話し合うのを忘れていたのに気が付いた。もっとも、明日も明日で、
コンクール終了後、打ち上げでカラオケ店に行く事になっている。
その時でも全然遅くない。明日忘れなければ済む事だと思いながら、
MDプレイヤーのイヤフォンを取り出した。
翌31日も朝からは雨が降っており、少し憂鬱な気分だったが、
それでも明石たちと会うと思うと、自然に笑みが出た。
午前中に職場の部、午後に一般の部が行われ、昨日に続いて白熱した演奏を聴いた。
一般の部には、Yブラスオルケスターの他に、永田が注目している吹奏楽団があった。
H交響吹奏楽団。「おほなゐ」を演奏するにあたって、永田を始めとする吹奏楽団の
団員が参考にしたところである。「おほなゐ」の練習を始めて憧れた吹奏楽団でもあり、
そのH交響の演奏が生で聴ける事に、この日の練習を休みにした指揮の里美に感謝した。
YブラスオルケスターもH交響も、永田にとっては期待を裏切らない演奏だと思った。
しかし、結果はそれぞれ銀賞と銅賞に終わり、全国大会の厳しさを目の当たりにした。
今年は三年連続出場で休場のK奏和奏友会が常に金賞を受賞している事に、
永田は自分たちはとうてい及ばないと感じた。
「何言っているんですか、永田さん。結果よりも、楽しく演奏できるかですよ」
明石には、永田の言葉が愚痴に思えたのだろう。慰めとも取れる言葉を掛けてきた。
とはいえ、毎年聴いている明石たちでも予測の付かなかった結果に、皆、
苦笑いの表情を浮かべた。
コンクールの日程が終了すると、四人は予約しているカラオケ店に向かった。
一日大音響の中に居た事もあって疲れがあるが、今まで全国大会に行かなかった事を、
永田は悔やんだ。
カラオケ店に入ると、永田は飲み物や食べ物のオーダーをしてから、
「四人揃っている今のうちにお話があるのですか」
と切り出した。
「今まとめている手記なんですが、いつどの様に公表しようかと思いまして」
永田の言葉に、三人は悩んだ。手記にするとは言ったものの、
具体的にどの様にするか、全くと言っていい程、考えていなかった。
「そう言えば、毎年、三ノ宮の東遊園地で、追悼行事をやっているんですよ」
口を開いたのは藤田だった。
「毎年って、1月17日にですか?」
「ええ。今年も妹が行きましたし、来年は、震災発生から10年ですから、
間違いなくすると思うのです」
「その時に配る、という事ですか」
「ええ」
藤田の説明に、永田は腕を組んで考えた。阪神淡路大震災を風化させない
ための手記を、震災で大なり小なり心身の傷を負った人たちに配るのはどうか。
出来る事なら、東京で配りたい。永田は思った事を三人に伝えた。
「永田さん。風化する、しないに、地域はないと思うんですよ。私だって、
『おほなゐ』を聴かなければ、仕事を理由に忘れようとしていたのですから」
「横浜に住んでいる永田さんが、図らずも、『おほなゐ』で阪神淡路大震災を
思い起こした事は、阪神淡路の人々にとって、心の励みになると思います。
あの震災を忘れない。このことは万人の共通した思いだと思いますよ」
明石に続いて、藤田も自分の意見を述べた。
「言われてみればそうですね」
「普段は行かない人も、10周年となれば足を運ぶと思います。その人たちに、
自分たちの『阪神淡路大震災』を知ってもらう、良い機会だと思うんですよ、1月17日は」
三人が三人とも、阪神地区で手記を配る事に反対しないどころか、
前向きになっている事で、永田もようやく前向きに考えた。東京は東京で
何か機会があるだろう。
「それでは、1月17日に三ノ宮の東遊園地ですか、そこで配る、でいいですか?」
永田の決意に、三人から異論は無かった。
「公園で配るとなると、おそらく市の許可が必要だと思いますので、
それは私が手続き取りますよ」
協力を申し出たのは明石だった。
「そうして頂けると有り難いです。年末年始は印刷所も休みなので、
年内に出来る様に、11月末には入稿出来る様にしたいと思います」
明石の申し出に頭の上がらない思いで、永田は今後のスケジュールを伝えた。
「永田さんにはご足労をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「あの、当日は四人揃ったほうがいいですよね?」
永田は愚問と思ったが念を入れた。
「そうですね。四人揃いたいですね。来年の1月17日は月曜日ですから、
永田さんと立花さんには仕事をお休みして頂く事になるので、心苦しいのですが」
明石は手帳を取り出して、1月17日の曜日を確認した。
「私は意地でも有休入れます」
「私も有休入れます」
永田と立花は1月17日に有給休暇を取る事を約束した。
「ありがとうございます。私たちも、勤務担当と相談して、1月17日が
休みもしくは午後勤務になる様にします」
明石と永田は揃って頭を下げて礼を述べた。既に飲み物や料理が運ばれており、
四人はこれからの作業に協力しあう事を誓って、乾杯した。その後、四人は
それぞれの持ち歌を披露し、時には替え歌も交えて、楽しい一時を過ごした。
三時間歌い、明石たちと別れの時が来た。「おほなゐ」が結んだ仲を感謝し、
また来年1月17日に再会する事を約束して、明石たちは秋葉原で下車した。
一人になった永田は寂しさを感じながらも、手記の原稿の事を思うと、
子供じみた事は言っていられないと頭を振った。印刷所の選定から版下原稿の作成まで、
やる事は山積みである事を思うと、一気に現実に引き戻された。せめて、
コンクールの余韻だけは残したかったな……永田は苦笑いしながら、電車の揺れに身を任せた。
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