★線路よ輝け、未来へ
編集・入稿
明石から送られた、植村の手記を読んだ永田は、避難所を支えている人々にも、
人間としての弱さを持っている事を考えさせられた。自分の意志で人間としての
弱さに気が付き、その後の活動に生かした、植村の例は少ない方だろう。
藤田も、同情でボランティア活動をする事に悩んだ経緯がある。永田一人、
強気でいるような気がして、心に苦しみを覚えた。
五人の手記が揃ったところで、どのように配置し直すか、永田はしばし考えた。
明石、藤田、立花、植村の順に置き、その前後に自分の手記を置く。
前は1995.1.17 5:46、後ろは「おほなゐ」で阪神淡路大震災を思い起こし、
明石たちと出会い、震災を風化させない事を誓う。
これで行こう。永田は早速、各人の手記をワープロソフトで一つにまとめた。
その一方で、永田は大学の鉄道研究会の同期で、機関誌編集を担当した、木田に連絡を取った。
「久し振りじゃないか、永田。学祭にも来ないでどうしているんだ?」
木田は学生時代と変わらず、あっけらかんとした口調で応えた。
「吹奏楽団の方が忙しくてね。もうじきクリスマスコンサートがあるし」
「それで、用件は何なの?」
電話口でいかぶしげに尋ねる木田に、永田はややかしこまった。
「実は、今、手記作っているんだけど、『キャリア』作った印刷所って、
どれぐらいかかるの?」
「手記?」
「うん。阪神淡路大震災の体験記」
「また随分堅苦しい本作るね」
木田の言葉に、余計なお世話だと思ったが、木田の食いつきは悪くはなかった。
「サイズとか考えている?」
「A5版で、縦書きを考えているけど」
木田の質問が何を意味するのか分からないまま、永田は木田の質問に答えた。
「だったら、『キャリア』を印刷してもらったところよりも、同人誌専門の印刷所が良いよ」
「同人誌専門って、そんなオタクじゃないよ」
「そんな事ないって。装丁と用紙の選択をしっかりすれば、普通の印刷所と変わらない
出来の物が出来るし、自由も結構利くからね」
木田は、永田の説得に入った。
「その辺の事は、口で言っても分からないだろうから、今度の土曜日にウチに来て、現物見ろ」
「木田がそこまで言うなら、今度の土曜日行くよ」
永田は渋々承知して、土曜日に木田の家に行く事を約束し、電話を切った。
木田がどこで同人誌の印刷所の情報を入手したのか、気にはなったが、機関誌の編集に
腕を振るっていた木田だからこそ、知っているのだろう。
土曜日、永田は手土産を持って木田の家を訪問した。木田は永田のために、
いろいろ資料を用意していた。
「ほら、これなんか、『キャリア』と遜色がないだろう。これも同人誌専門の
印刷所で印刷されているんだぜ」
様々な装丁の冊子を手にした永田は、ただ頷くしかなかった。
「この、本文の前後についている、色紙は何なの?」
「それ? 遊び紙。ハードカバーの本なんかにもついているよ」
「ふーん、そんな事まで出来るんだ」
永田は原稿の作り方や印刷所を、木田から教わった。表紙など、まだ決まって
いない部分もあるが、分からない箇所は、木田がその都度教えてくれると言う。
木田の強力なバックボーンが出来た事で、原稿作りも進むだろうと思いながら、
永田は木田の家を後にした。
家に戻ると永田は、手記の印刷を同人誌専門印刷所で行うと共に、表紙をどうするか、
掲示板に書き込んだ。
真っ先に反応を示したのは、新たに仲間に加わった植村だった。
〈出来るのなら 投稿者:うえりん 投稿日:2004.11.14 14:54
新参者が口を出していいのか分かりませんが、同人誌専門の印刷所で
印刷するのでしたら、表紙は黒をベースにして、金色インクで街や線路を
イメージしたカット、もしくはスクリーントーンを印刷、はどうでしょうか。
黒は震災で死んだ街や人の象徴、金色は復活というか復興のイメージです。
もし、遊び紙を入れるのでしたら、赤にして頂けると幸いです〉
永田は、植村が詳しく指定してくる事に、驚きを隠しきれないままレスを付けた。
〈良い案ですね 投稿者:ミカエル 投稿日:2004.11.14 21:05
黒地に金色インク、良いかも知れませんね。
それにしても、うえりさん、詳しいですね。鉄研の同期に聞くより早い様な気がします〉
明石たちからも、同様の意見が寄せられた。遊び紙の赤色については、
植村は多くを語らなかったが、特に異論を唱える者もいなかった。
文字中心の原稿とあって、版下原稿を作るのは早かった。表紙に使うスクリーントーンも、
植村から売っている店を教わり、休みの日に探しに行き、適当なものを選んだ。
11月下旬、版下原稿が完成し、永田は印刷所に原稿を送った。木田や植村の話では、
この時期は年末に行われる大イベントに併せて、印刷料金を割り引いている印刷所も
多いという。それに合わせた訳ではないが、自分たちの手記が一日でも早く手に取って見たい。
その気持ちだけだった。
手記が完成して、永田の自宅に届いたのは、原稿を送ってから約二週間経ってからだった。
予想よりも早く、出来の良い手記に、永田は悦に入っていた。
喜ぶ間もなく、永田は明石、藤田、立花に手記を送る準備をした。
東京から一人で持って来るのは大変だろう……明石が提案した事だった。
藤田も立花も快く引き受けてくれ、発送費も着払いで良いと、申し出た。
永田は彼らの、人を思いやる心に触れて、震災が生んだ心の優しさを感じた。
手記の発送を終えると、1月16日に泊まるホテルの予約の依頼や、
新幹線のきっぷを買ったりして、慌ただしく新年を迎えた。
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