文芸処・椋岡屋 作品集
更新日:2005年09月04日
★ひとでなしの恋

 俺が横浜駅務区に配属されて半年。そこからさらに管轄下の台町駅に配属されて一ヶ月。 やっと、同僚の顔と名前が一致し、管轄下の仕事にも慣れてきた。それでも、一人前と呼ぶには 早い。厳しい先輩と組になると、怒鳴られっぱなしだ。
 今日も、夕方まで、厳しさでは台町駅ナンバーワンの中畑先輩と一緒で、雷を二度受けた。 へまをやらかした自分が悪いのだが、それでもいつもかばってくれるのが、四年先輩の 大塚さんである。夕方出勤するなり、俺が落ち込んでいるのを見抜き、そして、その原因が 中畑先輩の雷と悟ると、
「淀川はまだ管轄下に来て一ヶ月だ。三年、四年働いている俺らと一緒にするな。その代わり、 淀川への指導は俺がやるから」
中畑先輩にお灸を据える。
 今日の泊まりは俺と大塚さん。俺が早番で先に風呂に入り、就寝時間まで有人改札口を 兼ねている事務室で大塚さんと話し込む。
「いつも、僕をかばってくれて、どうもすみません」
 話が中畑先輩に怒られた事に及ぶと、俺は即座に謝った。
「気にするな。俺も新人の頃にはもっと厳しい先輩に絞られたから」
「でも、なんで僕みたいな人でなしをかばうんですか?」
「淀川は人でなしなんかじゃない。将来性が見込めて、育ってほしいから、怒るだけでは ダメだ、と中畑には言っているんだけどな」
 将来性……その言葉に、俺は今日までの道のりを思い出した。

 中学の時、俺は地域指折りのワルだった。学校を抜け出してのゲーセン通い、喫煙、 恐喝、万引き、他校の生徒とのケンカ。それだけではない。いじめのリーダーで、気に入らない ヤツがいたら、嫌がらせを執拗に繰り返す。そいつに彼女が出来ようものなら、無理矢理 彼女を差し出させて淫らな行為をして、別れさせて、自分は満悦する。中学生の存分で、 やっていることは堅気でない人間と一緒だった。
 当然、親も俺を見放していた。共働きの上、仕事が忙しいというのは、ただの逃げでしかない。 悪行を働く息子とは拘わりたくない、息子だと思っていないのだ。学校も半分諦めて いる気すらした。義務教育だけ受けさせて、あとは警察の厄介になってくれ。恐らく、 教員の大半がそう思っていただろう。
 それでも、やりたい放題の俺を諭そうと賢明だったのが、担任で、音楽の土屋先生だった。 悪いことには怒るが、それは雷ではない。先生の空き時間には音楽準備室に俺を呼び、 いろいろ音楽を聴かせてくれた。先生の好みで中島みゆきが多かったが、人の心の荒みを 歌に託した中島みゆきを奨励する先生なんていなかったから、土屋先生には他の先生には ない感性があったのかもしれない。
 進路をどうするか? お前の成績では定時制でも厳しいと言われるなか、土屋先生は、 聖ルカ学園を薦めた。キリスト教系の学校で、巷ではお嬢様学校とも言われているが、 男女共学になって久しい。そんな学校に、俺みたいなワルが行って大丈夫なのか?  向こうが断るんじゃないか。それに、たとえ私立であっても、入るだけの頭はないだろう。
 心配する俺に、土屋先生は首を横に振り、試しに詩を書いてみろという。俺は、 言われるままに詩を書き続ける。
「どんなに悪さをするヤツにも、心の中に純粋な部分がある。淀川の純粋な部分は、 今まで書いてきた詩の中ににじみ出ている。教師というのは、心の純粋な部分を見いだすのが 役目だから」
 土屋先生はそう話して、俺が今まで書いた詩を持って、職員会議に出向いた。数日後、 親が呼ばれ、正式に聖ルカ学園に進むよう言われたらしい。その辺りの経緯はあまり よく知らない。

 聖ルカ学園高等部に編入してからも、ワルさはしばらく続いた。一部の教員からは 「やっぱりお前は我が学園には向いていない」と闇に言われた。
 そんな俺に転機が訪れたのは、通学で利用している多摩川高速鉄道海岸線に乗った時の事だった。 大森中央駅で乗務員が交代し、女性運転士が乗り込んだ。俺の好みではないが、 姿勢良く、きびきびと換呼しながら運転する姿に一目惚れした。彼女見たさに、 自然と朝早い電車に乗り、一番前で彼女の姿を追う。帰りもそうだ。
 彼女への想いが恋だと気が付く。どうしたら彼女に近づけるのだろう。 その事だけが俺の頭の中を占める。悩む日はしばらく続いた。
「いっそのこと、多摩川高速に行けば?」
 入学して三ヶ月。今まで力関係だった友達付き合いがなくなり、孤独を歩む中、 唯一俺の事を気に掛けて何かと声を掛ける大島が、妙な提案をした。多摩川高速って、 鉄道員になれ、ということ? 周りから散々人でなしと言われてきた俺に、 鉄道員なんて出来るのか? 次から次に沸いてくる不安を、大島に率直に話す。
「自分で人でなしと思っているならは話は早いよ。今までの罪を神様に全部話して、 悔い改める。神様が淀川の思いを受け入れれば、これからの新しい道を用意して くれるから」
 人の言うことが信じられなくて、非行に走った俺だが、大島の言葉は素直に 聞けるような気がする。
 それからの行動は早かった。その日のうちに宗教の先生のところに赴き、 今までの事をすべて告白。そして、今までの非を認め、悔い改めた。そして、 先生に、これから先の道が神様によって用意されるよう、祈ってもらった。 多摩川高速鉄道に入るべく、勉学に励んだ。先生の薦めで聖書研究会に入り、 自分の罪を赦してくれた神の事について学んだ。
 その頑張りに、中学時代のこと、聖ルカ学園に編入してすぐのことは不問とされ、 生まれ変わった俺のことだけ、成績表に書かれてあった。その甲斐あってか、 俺は多摩川高速鉄道に入社することができた。
 就職して、新人研修が終わったあと、土屋先生を訪ねた。先生は俺が鉄道員に なったことに、驚きながらも、泣いて喜んでくれた。聞けば、俺の持つ将来性を 信じて良かったと……。

 自分の将来性を見いだして、助け船を出してくれた人たちのことが脳裏をよぎる。 大塚さんも、きっと俺が持つ将来性を開花させるために、懸命になって教え、 ただ怒鳴るだけの先輩を制すのだろう。その恩を仇にしては、本当に人でなしに なってしまう。大塚さんには、俺の辿ってきた道を話した方がいいかもしれない。 それであきられても、俺が悪いのだから。
「人でなしの恋が、淀川を立ち直らせたのかぁ」
 話を全部聞き終えた大塚さんは、ぽつりと呟く。人でなしのままで、あの人には会えない。 そんな気持ちがあったのは否定できない。
「でもさぁ、その運転士って、結婚しているよ」
 言いにくそうな表情で話しかける大塚さんに、俺は驚きもせずに、
「いや、知ってますよ」
答える。
「知っているって……いつから?」
「入社試験の帰りです。大森中央駅前のコンビニで偶然隣のレジに並んでいたんですよ。 その時、結婚指輪をしているのを見たので」
「ショック大きかったんじゃないか?」
 不安そうに尋ねる大塚さんに、俺は首を横に振る。
「いいえ、結婚していてもいいんです。あの人がいなければ、今、ここに僕はいませんから」
「そっか。その心は大切にしておくんだな」
 大塚さんも、笑みを見せながら、物静かに応える。
「あ、もう十二時だ。それではお先に寝ます」
「承知。明日も頑張ろうで」
 大塚さんと向き合って、ガッツポーズをすると、俺は事務室を後にした。

「ひとでなし」と「ろくでなし」の違いに悩みました。クサカベさま、こんなのでよろしかったでしょうか?