|
更新日:2005年10月28日
★潮煙
海から吹き荒ぶ白く輝く潮風。最高の潮煙とはこの事を指すのだろう。
警視庁で刑事を勤める木下宏は、仕事で来ている事を忘れて、崖の下から吹き上がる潮風を
全身で受けて立つ。昨日の台風から一転して、快晴の真夏日。立っているだけでも汗が噴き出る。
その上で潮風に当たっては、全身ベタつくだろうが、木下には関係ない。
崖淵の岩に足をかけると、木下は潮煙の香りをかぐ。
「♪しおけむり〜 うつだ
しおけむり〜 へんだ♪」
「♪だけど なれると なんだか くせになる〜♪」
歌を口にする木下の横に、上司の園部和喜が現れ、歌の続きを唄う。
「どうして園部さんが、この歌を知っているのですか」
「お前、この間、横で歌っていただろうが」
木下の愚問に、園部は呆れた感じで答える。園部の言葉に、木下は一週間前に行われた
警視庁音楽隊のコンサートの事を思い出す。木下は高校時代、吹奏楽部だった事もあり、
コンサートに行ったのだが、会場で、園部、それも娘連れのところに偶然出くわした。
ホールの客席では隣に座り、園部が娘連れで来ている理由を聞き出したのだが、
今回の事件で忘れてしまう。
「お陰様で、こっちまで耳についてな」
自分では意識していないが、どうやらコンサートの時、演奏された曲に合わせて、
替え歌を唄ったらしい。こんな事を覚えてくれなくてもいいのに……心の中で愚痴を言いながら、
木下は背広を脱ぐ。ワイシャツの中に心地よい潮風が入り込む。
「どうして、犯人はここを選んだのでしょうね」
じとりと額に滲む汗をハンカチで拭きながら、木下は疑問に思っていた事を口にする。
「いや、俺はここに来て納得したな」
「どういう意味でですか?」
誇らしげに語る園部に、木下は食い下がる。
「ほら、彼女の部屋に残されたテープ。あの中に入っていた曲が、ここのイメージにぴったりなんだ」
「テープの曲って……『潮煙』ですか」
木下の頭の中には、「潮煙」の音楽が流れる。確かに、今日の丸木崎は潮風が吹き抜ける、
絶好の潮煙日和ではある。しかし、それだけでは決定打にはならないだろう。
「それに。彼女の婚約者が鹿児島出身だ。枕崎の潮煙のイメージと、『潮煙』のイメージをだぶらせて、
身内には知らせておきたかったのだろう」
園部は潮煙の香りをかぎながら、持論を木下に伝える。
「もし、婚約者が千葉出身なら、『おせんころし』だったかもしれない、という事ですか」
「それは十分あり得るな」
木下の問いに、園部は頷く。憶測だけで飛んで来るには、鹿児島は遠すぎる。
これで犯人が来なければ、どう言い訳するつもりなんだろう。警視庁音楽隊のコンサートが
絶妙なタイミングで行われ、そこに園部も来た事を、木下は少し恨めしく思った。
木下と園部は崖の縁を歩きながら、互いの持論を話し合っていたが、木下は丘の方に
視線を向けると、女性の姿を捉える。
「園部さん、あれ、彼女ではありませんか」
木下は指を差しながら、園部に耳打ちする。園部は警察手帳から写真を取り出し、丘の女性と見比べる。
「間違いない。木下、行くぞ」
言いきる前に、園部は崖の縁から離れる。待ってくださいよ、と口にしながら、
木下も園部の後をついて行く。二人の動きに気が付いた鹿児島県警も、車から出て、
二人のところに向かう。その間にも、園部は女性の元に到着した。
「八潮怜子さんですね」
園部は約束通り、警察手帳を八潮に見せる。木下は自分がやりたい……と思いつつも、
八潮の方を見つめる。彼女の表情が曇るのを、木下も園部も見逃さない。
「私なんか放っておいて下さい」
冷たく言い放す八潮に、園部は即座に彼女を引き留める。
「八月八日二〇時に、品川のコーポハイテラスにいませんでしたか」
「いいえ、その時間は家にいました」
八潮は冷静を保つ。園部の眼差しが睨みをきかす。
「今の警察の科学力をなめてはいけませんよ」
「どういう事ですか?」
彼女の顔色に、僅かな動揺が見られる。園部は言葉を続ける。
「現場に落ちていた、被害者の血痕が付いた石。それにですね、あなたの指紋が付いていましてね」
指紋の言葉に八潮がたじろぐのを、木下は見つめていた。やはり彼女が犯人なのか……?
「あの人がせめて、彼の墓参りに行ってくれれば、私も許していたと思います」
潮風が、八潮と木下たちの間を吹き抜ける。八潮は潮風に長い髪をなびかせながら、口を開く。
「私の願いに、あの人は『俺は悪くなんかない。喧嘩を振ってきたのは彼奴だ』と言うので、
ついかっとなって、側にあった石で殴ったのです」
漂う沈黙の間に、遠くで潮騒がうねる。
「あなたの気持ちは痛い程分かります。でも、いくら憎いからと言って、人を殺めては、
亡くなった彼は喜びませんよ」
園部の言葉に、八潮はその場に跪き、泣き崩れる。園部はゆっくりしゃがむ。
「続きは署で聞かせて頂きますか」
鹿児島県警の白沢が八潮に手錠を掛け、立つ様に促す。木下は傍らでその様子を見つめるだけだった。
「園部さんに、おいしいところ全部持っていかれましたよ」
「というより、最後のセリフは、本当は県警の言葉なんですけどね。ま、刑事さんも車の方にどうぞ」
我に返った木下は、隣にいる鹿児島県警の入野に呟く。
入野は東京から来た木下を立てて、車に誘導する。園部は犯人の八潮と一緒のため、
木下は入野と共に二号車に乗り込む。
・
・
・
「ねぇ、このドラマ、ださくない?」
「そもそも、『潮煙』が出てくる時点でダメだよ」
涼子と英明は、エンディングテーマを聞きながら、率直な感想を語り合う。
「そう言えば、オープニング、『潮煙』じゃなかった?」
「オープニングに犯人の伏線入れていたのか。やられたな」
英明は新聞のテレビ欄を見て、溜息をつく。
吹奏楽コンクール課題曲の「潮煙」で2時間ドラマのラストシーンを書いてみました。
作品中に出で来る「マーチ『潮煙』」は、J研から
「クラシック等→コンクール課題曲→1993年III/上岡洋一→マーチ「潮煙」で聞くことができます。
やべっちさんのがお勧めです。
|