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掲載日:2013年05月24日

★蒼色の笛

第4章 知られざる希望の苦悩

 内海抜きでは本牧ほんもくの話が出来ないが、その彼は今、天国にいる。1曲のレビューが彼を死に至らせるとは、 誰もが思わなかったが、その伏線はそれより前にあり、自然災害によるものだったが故に、そのことに気付いていたのは、ごく一部の人間だった。

「あのレビュー、『見知らぬ日本人には心を払えても、助けた見知らぬ人には心を払えない』ということと、それが『日本』という名だけではなくて、 自分が住んでいる地域以外でも言える、という話だったんだけどね」

 希望のぞみが口にしたのは、中島みゆきが「4.2.3.」で綴った詞。曲そのものは、 1996年12月に起きたペルー日本大使館人質事件の人質解放シーンを描いたものだが、テレビ中継でリポーターが助けられた人質……大半が日本人……のことばかりリポートし、 助けた兵士には一つも触れない、いわば、日本人の特性とも言えることを核心を突く詞で危惧している。それは日本国内でも同じであり、 災害や事故で助けられた人の無事を喜んでも、助けた側には「助けることが当たり前」と言わんばかりの報道をする。そして、その災害や事故が住んでいる地域以外のことだと、 関心を寄せない。そのことを、「4.2.3.」を初めて聴いた内海がブログに書いた……これが、事件の発端となる。

「かねこっち、近畿地方の台風による水害のときは、自分のことの様に振る舞っていながら、その直後の中越大地震のことは、他人事の様に出だしが遅かったな」

「中越大地震で上越新幹線が脱線し、JR東日本の発電所も被災したのだから、鉄道員としての見解があっても良いのに、と内海君が突っ込んでいたよ」

 利緖としおの言葉に希望も続く。かねこっちこと、兼子は、内海の高校時代から親友で、クラスの中でただ一人、 関西の鉄道会社へ就職していた。希望は運転士養成を受ける頃から兼子のブログ……読み始めた時はサイトのテキスト日記……を読んでおり、利緖にも教えて、時折、 兼子のブログの内容で意見を交わした。それだけ、兼子の考えが同業者の間では異彩を放っていたことを意味しており、特に、2005年4月25日に発生した福知山線脱線事故においては、 JR西日本を擁護することを書き続けたため、批判が相次ぐ。

「乗客として乗り合わせていた社員が現場を立ち去ったときなんか、私も批判のコメントを書いた」

「それは全く気付かなかった」

 利緖が驚くのも無理がない。希望が兼子のブログで名乗っていたハンドルネームが、他社の男性としか思えないものだからである。 希望は自分が兼子のブログにコメントしたことは内海にも内緒にしていた、と前置きして、話を続ける。

「同じ年の12月に羽越線脱線事故が起きたでしょう。そのときの、かねこっちの余りもの反応の悪さに、本牧に行く度に、内海君と話をしていたよ」

 利用客がいる場所で話す内容ではないのだが、吹奏楽団の練習時にいつも会える訳ではないし、タイミングとしても、手っ取り早く内海と話せるのが、 多摩高本牧駅のホームとなった次第だ。

「羽越線のとき、かねこっちは静観していた、ということだったけど、あれは、端から天災だと思ってなんだろうか」

「微妙なところ。風速計の設置数や機能に問題があった部分もあるけど、地元民ですら予測が出来ない、ダウンバーストが発生した中での事故だから」

 2005年12月25日に発生した羽越線脱線事故に関しては、事故後に状況が判明したことで、希望としては天災同然だと思ったが、世間は何かと福知山線脱線事故と同列に比較した。 本来なら、人為による事故と、自然要素の強い事故を、単純に比較するものではないのだが、人間心理的に、責任の矛先を事故を起こした鉄道会社に向けるために、 人々は人災と呼んだ。

 しかし、鉄道員ならば、どの会社の事故であっても、自社の事故と受け止め、事故防止に努める必要がある。天災も人災も関係ない。

 羽越線の場合、運転士が敏感に風圧を感じて、ダイヤより安全を選んだことで被害は最小限に抑えられたが、悪天候時の運行の難しさを一番に知っているのは運転士である。 運転士であるならば、そのビジョンを見せてもおかしくない……希望は内海と話したことについて、利緖にも見解を求める。

 都心部と地方では勝手が違うから一概には言えない、と言った上で、

「都心部で運転している僕たちだって、強風や降雨、積雪時の運転は慎重になるから、かねこっちなりのビジョンがあっても良かったと思うけど、彼はそれを見せなかった」

利緖は見解を述べた。

 運転士だと同じ見解になるのは、粗方予想していたが、希望の心には、一つの重荷がある。あの言葉を言わなかったら、内海がこの世を去ることは無かったのではないか。

「私……内海君に、このままかねこっちが『運転士』としてのビジョンを見せないのなら、内海君も突っ込んで良い。それで反応が無ければ、鉄道員としての素質を疑っても良い、 と言ったのね。それがきっかけになって、内海君が神戸に行ったのでは? と思うと、責任を感じて」

 7年もの間、誰にも言えなかった苦悩を、初めて利緖に打ち明ける。

「いや、希望が言わなくても、他の誰かも言っていたかもしれない。かねこっちのブログを読んでいた人の多くは、希望と同じことを考えていたと思うし」

 利緖はその場で希望の言葉を否定するが、逆にそれが希望の心に重くのし掛かる。兼子のブログの読者で、現業にいる運転士の立場で内海と直接話をしていたのは希望だけで、 運転士側の意見が、内海には正論と思えたのは、容易に想像できる。しかし、運転士同士では通用しても、他の職務には通用しないことがあり、 必ずしも運転士の意見が正しいとは限らない。その認識の違いを内海は感じ取った上で、神戸に出向いたのか……今の希望にはその気持ちがある。

 その一方で、福知山線脱線事故の時に、兼子が脅迫されたことを知らなかったが故に、内海は兼子に強く出てしまい、その結果、内海は兼子に刺されてこの世を去ったが、 早くから内海が兼子の状況を知っていたら、彼は親身になって兼子の話を聴き、希望にもアドバイスを求めていただろうから、結果として、 自分は単なる傍観者になっていたのではないか、とも思う。

「最初は単純に、『関西とそれ以外の地域に対する温度差』の話だったんだけど、間が悪すぎたよ……」

 重い責任を彼女は持っている、と察したのだろう。間が悪かったのは確かだけど、福知山線の事故と羽越線の事故を通して、鉄道員の心得、そして、 自分たちが関係しない地域のことには心を払えない日本人の特性を指摘し、それを正そうとして内海は神戸に行ったのだから、 内海の死は決して無駄なものではない……利緖は優しく希望に諭す。

「希望が責任を感じているのなら、内海君の死を無駄なものにしないためにも、改めて、内海君の願いを広く伝えることが、希望の役目ではない?」

 その言葉に、内海の実家へ弔問に行った時のことが蘇る。内海が自分たちへ託した願いを、自分たちが受け継いだことを。

「……そうだね、それが遺された私の役目」

 内海との約束を守ることを改めて誓い、希望は自分の気持ちに、一つの区切りをつける。