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掲載日:2013年05月24日

★蒼色の笛

第7章 さらに、ほんとうのきもち

 その書き込みは、就職活動を始めたばかりという大学3年の女子学生からで、「女性乗務員が増え、彼女たちを見て車掌に憧れ、車掌になりたいと思うようになったが、 多摩川高速鉄道では、現場にどれだけ女性社員がいるか」だった。現実を見据えて運転士になった希望のぞみと、 強い憧れで車掌になった矢口とで熱い論議を交わしたが、直後に福知山線脱線事故が発生し、「鉄道員は憧れだけでは務まらない」と、自ずから結論が見え、 論議にも終止符が打たれる。

「あの書き込みで、自分が鉄道員を目指した理由を改めて考えたけど、僕は『憧れ』ではないけど、『運転士になる』という強い意志があったから、彼女のことは否定出来ないと思った」

「それを言ったら、私もお父さんと同じ道を進むもの、と信じて疑わなかったから、似たようなものだよ」

 それ以上に、希望の場合、多摩川高速鉄道唯一の女性運転士、それだけで、あらゆる面々から憧れを持たれてしまう。

「もっとも、私に対して憧れを持たれるのは、自分が働く姿を見て生きる希望を持ってほしい、という意志の結果だから、憧れることで前向きに生きるのなら嬉しい、 というのが本音かな」

 人に生きる望みを与える子……彼女の名前に込められた願い。名前に込められた願いを知ることで、特定の人に希望を与えるのではなく、不特定多数の、 生きることを見失った人たちに希望を与えたい、その思い一心で今日まで歩んできた。

「ただ、掲示板の彼女は、大学3年になってからだから、憧れだけではなくて、現実も見て欲しかったんだけど」

「車掌業務もだったけど、マネージャーさんが書いたことに対する見解が一つもなかったからな」

 女子大生が書き込みをした2005年は、大卒は総合職のみという鉄道会社が多く、車掌業務の現実でもなく、鉄道会社が求める人材の現実でもなく、 大卒だと乗務員になるのが難しい、という現実を重視したためではないか。希望と利緒としおの意見が一致する。

「幹部候補制度や総合職のみだった時代に、大学を中退してでも現場に出るという人は、あまりいなかったんだろうな」

「まず、親が反対すると思う。何のために大学に入って、何のために学費を払ってきたか、って」

「そうだよな。僕がそうだったから……」

 希望の意見が正論と思えてか、利緖は気落ちしている。

「あなたが気落ちすることはないよ。現業に出ることへの強い意志がある人には、最終的には親も納得して、後押ししてくれるから」

 彼の心持ちを察した希望は、即座にフォローする。希望は道生から猛反対されてきたが、鉄道員の道を進む決意が確かなものになった時、 道生から多摩川高速鉄道への就職を指南された。彼女が歩んできた道を改めて思い返した上で、自分の歩んだ道も思い返したのだろう。利緖も納得して、気を取り戻す。

「今は普通に大卒の一般職があるけど、彼ら彼女らは、どう思って一般職に就くんだろう」

「やっぱり、憧れになってしまうんじゃない? 他社の採用情報を見ても、列車の運転に憧れて、という人ばかりだし」

 利緖の問いに、相変わらず不景気が続き、業界を問わず、正社員になることを第一の目的として就職活動をする傾向がある、と希望は付け加える。希望の補足に、 利緖は何か思うことがあるのだろうか、しばし考えている。

「助役側からしたら、自己の良識がない人には、現場に来てもらいたくないけど」

「それは私も同じ考え。それで安全が犠牲になったら元も子もないから」

 福知山線脱線事故の原因には複数の説があるが、一つの説に、新幹線の運転士に憧れていた事故列車運転士が、度重なるオーバーランに、三度懲罰的な日勤教育を受け、 場合によっては車掌に戻されることで、新幹線への道が断たれることを懸念し、事故列車車掌に過走距離の虚偽申告を申し出て、車掌と輸送指令の交信内容を気にする余りに、 速度超過に気付かないまま事故現場のカーブに進入、というのがある。

 確かに、新幹線の運転士ともなると、高速運転故に、求められる安全輸送はより厳しくなるため、エアーラインパイロットと同様に、新幹線に対する、 絶対的な強い意志がなければ進めない道ともなる。強い意志、すわなち「憧れ」がなければ、長い年月が掛かる道を自ら進むことも出来ないだろう。 在来線の運転士になることは、そのための一つのステップである。

 ただ、希望たちが話し合ったことの一つに、事故前は、乗務員の登用を増やすために、適性に合うからという理由で運転士を養成し、それ故、 本人がどう考えているのか関係なしに運転士になれたのでは? があった。9ヶ月の運転士養成で、どれだけ「多くの命を預かり守る」ことの重要性を認識できるのか。 その重要性を忘却したのが、福知山線脱線事故ではなかろうか……。

「私ぐらいじゃないかな、入社前から安全意識を強く持っていたのは」

 言葉を交わしながら、希望が呟く。彼女の安全意識は、鉄道員になる決意をした中学生の時、当時、運転士だった道生から徹底的に教え込まれた。

 一つ事故が起きれば全ての部署で責任を負うことになる。どの部署、それが本社の事務部門であっても「お客さまの安全を守る」意識を持った上で、職務に就くこと。 その意識がない間は鉄道会社に進むことを許さない……当時の希望には厳しく、重い言葉であった。なまじ業界のことを知るよりは、 何も知らない無の状態で臨んだ方が間違った動きをしない、という業界も存在するが、「安全を守る」ことは、鉄道業界に限ったことではない。希望が選んだ道が鉄道員、 それだけの話である。他の業種に進んだとしても、「人や安全を守る」職務であれば、同じ考えを道生から説かれていただろう。

 会社側も、希望の安全意識の高さを認識していたが、鉄道部に編入した以上、法に抵触する部分以外は男性社員と同じでないと困る、という会社側の姿勢は強く、 1997年6月の労働基準法の改正がなければ、今でも運輸担当なのかもしれない。

 乗務員への道は、女性の深夜勤務規制が実質廃止になる時期に合わせて、会社側が用意したが、本来なら車掌登用からなのに、打診されたのは運転士登用。 当然、希望にも戸惑いの気持ちが表れるが、当時の駅務区長からは、希望が持つ安全意識を会社側が評価した上での打診であり、あとは本人の意志次第だから、 よく考えた上で、乗務員の道を進むかどうか決めて欲しい、と言われている。

「私がすることの全てが前例になったから、安全意識も含めて、他の女性社員にとって、運転士の道のハードルが高くなったのかなぁ」

「お客さまの命を預かる職務のハードルは、男性でも高いけど。それで、掲示板の彼女、結局どうなったんだろう」

 希望の乗務員登用の話をしていたところで、突如として利緖が話の流れを変えてくる。

「行きつけの吹奏楽サイトの掲示板にも同じことを書いていたから、私も気にしていたんだけど」

「吹奏楽サイトって、どういう関係?」

「管理人さんは男性で、市民吹奏楽団でクラリネットを吹いているんだけど、他社の運転士。検索を掛けて見付けたみたい」

 管理人が勤めている鉄道会社名を利緖に告げると、彼も妙に納得している。

「これって、手当たり次第当たっているよな」

「やっぱり、あなたもそう思うよね」

 鉄道員同士の夫婦、それも夫が電車区助役で、妻が運転士だと、考えることは同じだ。一頻り笑ったあと、希望は、管理人が返信した内容を利緖にも伝える。 管理人は事故には遭っていないが、乗務中に災害に遭っている。事故はもちろん、災害時に乗客が頼れるのは車掌。列車内の責任も車掌にある。災害などの有事に、 最後まで列車内の責任を持つことが出来なければ、車掌は務まらない……。

「矢口君との論議でも、同じことを話していなかったっけ」

「矢口君のときは、人身事故の場合だったけどね。私、事故に遭うのが嫌だったら、最初から鉄道員にならなければ良いのに、と思うときがあるよ」

 零れ落ちた希望の本音に、どう応えれば良いのだろう。利緖の表情に戸惑いの色が顕れている。

「女性だから人身事故や踏切事故に遭わないということは、絶対にないから。憧れたとしても、その現実は直視する必要がある、と私は思うけど」

「人身事故や踏切事故のリスクも、男女関係ないからな」

「それでもね、昨年、車掌養成が終わったばかりの女性社員から、事故対応の質問を受けたよ」

 思い出したように、希望は電車区と車掌区共用の女性社員用更衣室でのことを話す。

「事故対応って、運転士側の?」

「それしかないでしょ。車掌側の対応なら、車掌の先輩が教えるんだから」

 乗務員、とりわけ運転士になるためには、医療適性を含めた各種適性検査を通ることが必須となる。事故を未然に防ぐ、事故を避けられなくても被害を最小限に抑えるために、 注意配分、速度反応などもその対象になっている。しかし、それらは運転に必要な適性であり、事故に遭った後の行動はまた話が異なる。被害者救出など、 誰が見ても辛辣な状況下で、冷静かつ迅速に対処出来るかどうか。乗務員に求められるもう一つのもの。

 その女性社員も運転士になりたいとは言っていないが、それでも敢えて、希望に運転士側の事故対応を質問することは、運転士登用試験の受験資格が得られるまでの間に、 運転士になる責務を真剣に考えたい、という思いがあってだろう。現実を見据えた上で、「多くの命を預かり守る」責務を背負える決意が出来た時、希望もその決意を後押しし、 最大限のことをしたい、と考えている。それが、運転士の道を歩み続けることが出来る、会社側への恩返し。

「希望が現場に出たのって、いつだっけ」

 希望の心持ちを感じたのか、それとなく利緖が尋ねる。

「駅務で大森に配属になったのが、1993年だから……ちょうど20年前。もうそんなになるんだ」

 その年数は、希望の人生のほぼ半分。

「JRの新規採用再開のときもだったし、希望が乗務員になったときも、時代の流れも変わったと思ったけど、それからまた変わってきたな」

「時代の流れ、と割り切れないときもあるけどね」

 歳を重ねる分だけ、状況が変わり、その度に指導する内容も変わってくるが、共通して教えることは「お客さまの安全を守ること」。鉄道員になる前から常々考えてきたが、 乗務員になって更に痛感する。運転士になるに当たって、現場における安全輸送の重要性を説いた師匠の片倉は、今、臨海線営業所の助役をしている。