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掲載日:2013年05月24日

★蒼色の笛

第9章 希望の愛する人たち

 奥沢が白血病に罹っていることが判明されたのは、希望のぞみが車掌として単独乗務になって程ない頃。 希望が本務で乗務していた列車に、奥沢が車内改札要員で同乗していたが、乗務員室内で倒れ、病院に搬送された時だった。 第一発見者だから病院への搬送に添乗するだろうと思っていたのだが、予備番が出払った後で、そのまま乗務続行となる。 その列車を大森中央から運転したのが利緒としおであり、 奥沢の乗務時の体調を巡って、終着駅の多摩高本牧ほんもく駅でのエンド交換時に言い合ったのが、希望と利緖の出会いだ。

「奥沢君とは何度となくペアになったけど、これから中堅処として活躍するときだったから、無念だったなぁ」

「奥沢君、車掌を勤め上げると言っていたからね。それでね、彼との出会いは、聖ルカ学園の高等部に彼が編入したときで」

 希望は奥沢と出会ってからのことを語る。彼は銀行員を務める父親の転勤に伴い、鳥取県鳥取市から転居し、聖ルカ学園高等部に編入している。吹奏楽をやっている者同士で、 互いに惹かれ合い行動を共にするようになるが、多摩川高速鉄道に入社してから先は、奥沢は直接鉄道部へ進み、何事においても彼が先輩。その一方、希望は、 多摩川高速鉄道への入社と鉄道部編入で道生に社内調整をさせた手前、社内で恋愛関係を持ちたくなかった。奥沢に鉄道部編入のことを話さなかったが故に、 奥沢は希望に愛を告白するが、希望はそれを断る。それが今日に至るまでの原点だった……。

「つまり、奥沢君からの告白を素直に受け取っていたら、早いうちに結婚まで進んでいたというわけかぁ」

「そうかもね。駅務や運輸なら育休も取りやすいから、子供の一人か二人はいたかも」

 自分に素直にならなかったばかりに、希望は彼への想いを封じ込め、仕事一筋に生きてきた。

「奥沢君のタイプ、急性の方だっけ?」

「急性で、化学療法が有効なタイプ。直営病院で対応出来て転院をしなくて済んだから、良かった方だね」

 ただ、三回目の強化療法で入院する前に再発していたらしく、体調が悪い日が続いてデートを取りやめたり、強化療法で入院してからも会えない日が続いた。 再発だと化学療法は難しいのでは、と聞く利緖に、希望は、奥沢が三回目の強化療法で入院したのが、運転士として単独乗務になって間もない時で、 最後に見舞いに行ってから先のことは、奥沢の死去後に、当時の大森車掌区副区長の日吉から伝えられたため、自分には分からないと答える。

「それに、私が乗務員、という理由で、ドナー前提の血液検査すら受けさせてくれなかった」

 奥沢、正しくは車掌区が、希望に血液検査を断った理由は幾つかある。いわゆる骨髄移植はどの時点で行われるか分からない上、骨髄提供に要する入院は平均して一週間程度。 予備番がいるにしても限りがあり、骨髄提供の要請が来た時に対応が取れないことが多い。

 今は車掌でも、運転士になれば踏切事故などのリスクもある。白血球の型が一致し、DNAの型も一致したところで、踏切事故に遭い負傷したら、 骨髄提供が出来なくなる可能性が非常に高い。骨髄提供の要請が来た時に休業出来る保証がなく、業務中に事故に遭う可能性が高い乗務員である間は、 患者の生命に係わることになるドナー前提の血液検査をしないで欲しい。

 ある程度見通しがつく社内の人間でこの状態なので、いつコーディネートが来るか分からない骨髄バンクへの登録もしないで欲しい。乗務員でなくても、 結婚などで生活環境が変わることで家族の同意を得られない場合や、病気などによる投薬治療でコーディネートが中止になるし、ケガなどで輸血をしたら登録さえ出来ない。 それらのリスクを全て回避出来れば良いが、実生活では難しいだろう……冷静に考えれば、その理由は間違いではない。

 自分が初めて好きになった人が白血病という病魔に冒された、そのことで頭の中がいっぱいになった希望には、彼を愛し、共に闘うことでなんとか助けたい、 という気持ちが強く出た。仮に、奥沢が骨髄移植になった場合、車掌区や電車区で制されても、事務職の人に片っ端から声を掛けていたであろう。

 病気の時に傍らにいる方が難しい……生前、奥沢が希望に常に話していた言葉。彼が白血病になってから振り向いた自分を否定することなく、見舞いに行くと笑顔を見せるが、 希望は運転士養成に入り、学科教習中は見舞いに行くことすらままにならない。奥沢の闘病を支えていくべき自分が逆に励まされ、もどかしさを感じていくうちにも、 希望は運転士になり、奥沢と結婚を約束する。しかし、口では結婚を約束していても、正式に婚約していなければ恋人の関係は非公認であり、部署も変われば赤の他人。 代替勤務で休日出勤となっていただけに、彼の訃報はもちろん、通夜にも葬儀にも行けないことは、希望にはあまりにも酷なことだった。

「奥沢君の訃報を聞いた直後に、あなたが声を掛けてくれたでしょう。それだけでも、私の心の救いになったよ」

 帰区報告後に奥沢の訃報を伝えられ、更衣室に戻る気にもなれず休憩室で力なく泣いていた時、休憩室に入って言葉短く声を掛けた利緒に、希望は自分の思いを語り、 彼が理解を示したことで、翌日の勤務で制服に袖を通すことが出来た。

「希望に奥沢君とのお別れの場を持って貰いたかったのに、代勤で休出という勤務変更が出来ない状態で、指導主任としての非力さを感じたよ」

「私としては、同じ制服に袖を通している鉄道員だからこそ、制服を着て仕事をすることが、奥沢君への悼みの気持ちでもあったから、 それ自体はすぐに割り切ることが出来たんだけどね」

 面目なさそうな利緒の言葉に、希望は伝え聞いた、奥沢の葬儀のことを思い出す。現場にいた車掌の死で、希望と同じ考えを持った車掌区や電車区の同僚も多かったが、 希望にとって釈然としなかったのは、奥沢とは単に同じクラスの友人という関係である本社勤務の志穂が、直前の年休申請で年休を取得し、 奥沢の実家がある米子市での葬儀に参列したことであった。本社勤務でも鉄道員ではないのか……その思いに加え、希望が知らぬ間に奥沢がクリスチャンになっていたことで、 自分の存在価値を見い出せなくなる。奥沢の闘病を支えることが出来ずに自責の念に駆られていくうちに、希望は悲観的になり、その哀しみは不眠となって顕れる。

 不眠が続くことで、奥沢との関係を知っていた人たちへ相談するが、揃って「専門医に行った方が良い」と言われた矢先に、出勤点呼で乗務停止命令を受け、 奥沢の死を無理に受け止めようとして、うつ病という形で心を病んでいたことを知る。

「希望が休職した理由を聞いて、もっと早くに自分の連絡先を教えておくのだった、と後悔したよ」

「私もうっかりしていたからねぇ。同期の西春君にもドジと言われたし」

 多摩高本牧駅のエンド交換で言い合った、希望と利緒が打ち解け合ったのは、希望が線路見習いで過走した時で、帰宅前に入ったコーヒーショップに、 偶然にも利緒もやってきて隣の席に座ったことで、過走で消沈した気持ちを話したことに始まる。その後も二人で会うことがあったが、仕事の延長として勤務後に会っており、 待ち合わせもその場で決めていたため、互いに連絡先を知らずにいた。希望が不眠のことで利緒に相談しようとした時、間が悪く、利緒は研修でセミナーハウスに行ったところ。 彼が研修から戻ってからも区内で会えないでいるうちに、希望は休職する。

 職場唯一の女性社員故に、希望が休職したことは姿を見ないことで分かるが、利緒にも希望に連絡を取る術がなく、連絡先を交換出来たのは、 希望が気分転換に楽器店に行くために乗っていた列車に、乗客として利緒も乗ってきて、偶然に会った時である。度重なる偶然に互いに驚きながら、 その時から希望と利緒は「大切な人」の関係になる。

「うつ病の治療での休職だと、復職するのにも1年とか掛かることが多いから、希望の添乗指導の依頼が来たときは、快復の早さに驚いたな」
「私の場合は、発症した要因がはっきりした急性のものだったのと、治療のための環境に恵まれていたから」

 それでも、医師からは、初診の時点で、最低でも3ヶ月、薬の服用が終わるまでの意味で半年程は休職して欲しい、と言われた。希望が休職するに当たって、 私情でのうつ病でありながらも、職場では部下に対する今後の対策の意味も含めて、区長の柴崎が中心になって、うつ病を始めとする心の病を学んで理解したこと、 家庭では家族会議を行い、家事分担を含めて、希望が治療に専念出来る環境を作ってきた。

「治癒が早かったのは、その分、奥沢君が亡くなったことを、心から受け止めるのが早かったのかな?」

「そうだね。最初はカウンセリングを勧められたけど、小牧君と楽譜のことで話をしたのがきっかけで、奥沢君のことを自分から話そうと思って」

 利緒の問いに、希望はそう答えるが、実際には、利緒と偶然に会った時に、奥沢が死去してから先のことを話せたことが、奥沢の死を自然に受け止めることに繋がり、 希望の心の中から昇華することが出来た。

 その一方で、先に会った小牧とは、「自分は運転士として、どうあるべきだったのか」と語り合うことで、奥沢が遺した言葉に「運転士であり続けて欲しい」という真意を見い出し、 愛する人の死がもたらす影響の大きさも感じることで、運転士として制服に袖を通す意欲を取り戻していく。

「小牧君とも、社内吹奏楽団で一緒だったんだよな?」

「吹奏楽団もだし、私が駅務区にいたときも一緒」

 小牧は2歳下で、大森駅務区では同期配属だったため、希望には小牧に対して恋愛感情がなかったが、小牧の方は最初から希望に好意を寄せていた。 小牧と奥沢は同じ楽器で寮も同じ。奥沢への見舞いも常に行っており、奥沢が希望に寄せる想いも早くから気付き、また、奥沢が小牧に希望のことを託したことで、 奥沢の死で哀しみに暮れてた希望に、小牧は彼女が持つ様々な気持ちを共有しようと、心から問い掛ける。

「ただね、小牧君は責任感と使命感が他の人以上に強くて、一途過ぎる部分があったから、周りが見えなかったのね。何がなんでも自分が助けて護るんだ、って」

「僕も、えらくヤキモチを妬かれたからなぁ」

 希望の言葉に、彼女が小牧と交際していた時のことを思い出したのだろう。利緒は苦笑いの中に、僅かながら辟易したものを見せる。

 小牧から「これから希望さんが歩む大地を一緒に歩んで、サポートします」と告白された時、希望は休職中の身であり、戸惑いを隠せなかったが、 奥沢が自分のことを託した相手ともなると無下にも出来ず、押し切られる形で小牧との交際が始まる。小牧には嫉妬深い性格もあり、希望がホームで同僚と立ち話をしていても、 嫉妬の眼差しで見られ、周りからも同情された。ことに利緒は、希望の復職後の添乗指導中に、ホームで立ち番をしていた小牧と直接会ったため、 小牧の一途さから来る嫉妬深い眼差しを受け、乗務員室に入るなり辟易した様相を見せ、希望も困惑した。そのことを思い出した希望もため息をつくと、

「小牧君との結婚、おとうさんは反対していたんだっけ?」

彼女の心持ちを察したのか、利緒が問う。

「やはり父親には、愛娘には幸せになって欲しい、という思いがあるからね。だから、場合によっては、独身でも構わないとも言っていたよ」

 希望が休職中に押し切られる形で小牧と交際を始めたことに、道生は始めから難色を示していた。小牧にプロポーズされた時も、希望は復職してまだ間がなく、 道生から結婚について熟考を促された……父親から猛反対されても、深夜勤務規制という法と現場での運用の壁に立ち塞がっても、運転士になることを諦めなかった希望には、 不本意なことで運転台を下りて欲しくない。結婚して子供を授かることが幸せなのか、独身のままでも運転士を続けることが幸せなのか、 自分が納得出来る答えが出るまで話を受けないように、と。

「それでも、小牧君との結婚を選んだのは?」

「結局は、あなたを護りたかったから」

 しばしの静寂の間を置いて、希望はぽつりと語る。小牧との結婚を決める前に希望は、自分が運転士になるまでの経緯と、自身の経験を持って、 親が鉄道の運転士であることが、必ずしも子供にとって良い影響を与えるとは限らないことを小牧に話すが、それでも希望と子供を護るという小牧の強い意志に、 奥沢が死去してから自分を心配し続けたのは事実でもあり、彼の言葉を信用して結婚を決意する。その裏には、小牧の責任感と使命感の強さから来る嫉妬深さから、 希望が大切にしている人を護るためには、小牧と結婚することが術ではないか、という想いがあった。

 小牧との結婚を決めてからは、希望は小牧を心から愛し、幸せをかみしめながら、奥沢が亡くなって1年という節目に入籍するが、小牧は代替勤務で応援に行った先で殉職し、 若くしてこの世を去った。

「僕の周りでは、入籍して2ヶ月なら旧姓に戻った方が良いのでは、という声があったけど、そのまま小牧姓だったから、小牧君に対する希望の愛も、本物になっていたんだなぁ」

「心から愛して小牧家に嫁いだ以上、小牧家の人間でいたかったし、免許の名義も変更をした後だったから、また名義変更をするのが面倒で」

 小牧への想いに含まれた現実の言葉に、同じ免許を持っている利緒には突っ込み様がなく、苦笑いするのみだが、結婚に至るまでの経緯に加えて、 入籍して2ヶ月で結婚式を挙げる前の事故のため、小牧家における希望の立場は無きに等しく、小牧の葬儀も舅が喪主となった。他の親族からの風当たりも強く、 今になって思えば、旧姓に戻っていた方が精神的にも楽で、後に利緒と交際するにも後ろめたいものがなかったのでは、と考える。三回忌と新形式投入による車両教習が重なったのも、 親族からの風当たりを避ける意味では、救われた思いだったのは否定出来ない。

「車両教習と言えば、新形式の投入が1年延びたのも、委員会で1005Fのことが上がったからだけど、あの委員会に希望も出るとは思わなかったよ。 これも小牧君のためだったのかな?」

「小牧君のためと、会社側の意向もあったけど、1005Fで過走した当事者でもあるから」

 希望への事故再発防止委員会の参加指示は、転落事故防止策と人身事故対策について、女性乗務員側の意見を聞きたい、という会社側の意向に加えて、 小牧の死をどう扱うか社内で協議した席で、1005Fのブレーキ不調を放置していたことが判明し、委員会の席で車両整備体制の問題が上がることが考えられるので、 ブレーキ不調の車両で過走した当事者として状況を説明して欲しい、という柴崎の意向によるもの。小牧の殉職を受けての委員会で、 事故の関係者が含まれていることも考えられたが、それでも小牧の死を無駄なものにしたくない気持ちもあり、事故再発防止委員会に出席したところ、 利緒も委員会のメンバーであることを知る。

 利緒とは、1005Fを通して「大切な人」という絆を強く結んで来たが、小牧と結婚することでその絆を切った後は、1005Fの話をすることもなく、 「平の運転士と指導主任」の関係に戻っただけに、互いに運命のいたずらに翻弄され続けていることを感じ合う。

 新形式車両の設計変更でプロジェクトチームを組むことになり、希望と利緒は電車区内の中心メンバーとなるが、希望の言葉に一言足りなかったがために、 二人の間に亀裂が生じてしまい、委員会とプロジェクトチームでは積極的に意見を交わすことはあっても、それ以外の話は職場外はもちろん、職場内でも交わさない日々が続く。

 また、小牧と共に暮らしていた住処から引き上げた際、実家に戻らず、転居先を多摩川本線沿線にしたことで、今までの様に偶然に会うこともなく、 このまま委員会だけの繋がりで終わってしまうのか……諦めに似た思いを持っていた2002年12月、希望は区長の柴崎より主任推薦昇格の打診を受ける。

 私情で休職した身に務まるのかと、迷いと不安を持った時に、横浜終電の乗務担当となる。積雪の天気予報が出たことで、終電後に除雪のための臨時列車を走らせることになり、 担当する運転士が横浜終電に便乗する旨、当直事務室から指示が出たところ、除雪臨を担当するのが利緒であった。乗務員室内で二人きりになることに動揺を隠せないまま、 業務上の会話をしているうちに、希望は思い切って職場以外での主任推薦昇格の相談を彼に持ちかけた。 翌日、雪降る街で利緒と会った希望は、再び信頼のおける相手として、小牧が殉職に至った事故の背景と経過を利緒に話す。希望の話を全て聞いた利緒は、 彼女が置かれている境遇に、これ以上希望を独りにすることは出来ない……真剣な想いを告げ、二人はようやく同僚から恋人となり、愛を育んできた。

「希望と電車区で再会したときに、本牧のことを許して貰えるのかと思ったけど、このときには、既に僕たちの絆があったかもな」

「私もそう思う。あの場であなたが謝ったことで、本牧でのマイナスイメージが消えたから」

 希望が愛した二人のことを語りながら、利緒が振り返るように口にする。多摩高本牧駅のエンド交換での話を、希望は「見解を求める」という形で方々に愚痴っており、 愚痴相手に道生も含まれた。そのため、後日、副区長としての道生から注意を受けた利緒は、制服を着ている時に希望に謝りたいと、乗務の合間に彼女を探し続ける。 しかし、肝心な希望が運転士養成に入り、配属先によっては謝ることが出来ないのではと不安が続く中、学科教習を終えた教習生が車両関係の教習を大森検車区で受けるに当たって、 更衣の関係で希望だけが一足早く電車区に足を運んだ時に、彼女と再会し、ようやく謝ることが出来たとのことだ。

 「副区長の娘」の名が付いて回る大森電車区において、ごく普通に声を掛けた利緒が真っ先に本牧のエンド交換のことを謝ったことで、希望がそれまで抱いていた嫌悪感が消え、 過走した時に彼へ話す思いに結びついた。

「奥沢君が乗務中に倒れなければ、列車も遅延することなく、あなたとも挨拶程度しか話をしなかったと思うから、言ってみれば、奥沢君が私たちの橋渡しをしたのかな」

「後は、偶然という名の運命と」

「私が今日までに愛してきた人って、海岸線に深く関係するのね。奥沢君は小牧君に私のことを託して、小牧君が遺したものをあなたが受け取って。 だからこそ、今の私たちがあると思う」

 感慨深く語る希望に、利緒はそっと肩を寄せ、

「愛した二人のことは一生忘れられないだろうから、彼らが託したものを受け取り、希望を公私ともに一生護ることを、海原の前で誓って」

優しく想いを告げる。

「海原の前での誓い、私にとって、今日までの人生で一番の至福のときだから、一生忘れない。そこに至るまでが大変だったけどね……あれ?  いつの間にか、片倉師匠の話から、奥沢君と小牧君の話になっている」

 焦り気味の希望に、自分の前では隠す必要はない、と利緒がフォローする。

「それでも、さすがに結婚して早々には話したくなかったけど」

「選曲会議の話?」

「それ以外ないでしょ」

 社内吹奏楽団の選曲会議でのことを、結婚記念旅行中に利緒に話したのだが、話を聴く意志を示すまでに間があったのは、本当は心中穏やかではなかったのだろう。 それでも嫌な顔を一つも見せずに、話を聴き、曲まで聴いたのだから、希望が持つもの全てを受け入れ、希望も利緖が持つもの全てを受け入れている。 愛と信頼の絆はこれからも切れることがない……希望は改めて幸せを胸に抱く。