文芸処・椋岡屋

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掲載日:2013年05月24日

★蒼色の笛

第14章 はるか、大地の向こう

「話は180度変わるけど、希望のぞみが吹奏楽を始めて、何年になるんだっけ」

 コーヒーを口にしながら、利緒としおが聞いてくる。本当に凄い変わり様だ、と笑い、

「聖ルカの中等部に上がったときだから……今年で28年になるのかぁ。自分でも良く続けていると、今、思った」

年数を確かめた希望は驚く。

「希望の人生の、3分の2だな。その中で印象に残っている曲って、何がある?」

「『天使ミカエルの嘆き』と『はるか、大地へ』、そして『おほなゐおーない』の3曲」

 3曲とも、利緖との交際を始める前に演奏した曲だが、「天使ミカエルの嘆き」と「はるか、大地へ」のことは、利緖に話している。いかんせん、 結婚記念旅行先を函館に拘ったため、その理由を説明をしなければ、利緖も納得しないのが目に見えていたからだ。

「『ミカエル』が入社した年で、『はるか、大地へ』が奥沢君が亡くなった翌年だっけ」

「『ミカエル』も奥沢君が亡くなった翌年のコンクールで演奏したよ。どっちも、楽譜を受け取ったのが休職中だったから、練習に苦労したけど」

 「天使ミカエルの嘆き」は、既に翌年度の自由曲の練習が始まっていた中での、曲目変更だったが、共に演奏した奥沢への追悼、という位置づけでの変更。 奥沢とは曲の背景となった聖書の箇所について話し込み、また、曲目変更を口実に小牧に連絡を取ったことが、奥沢の死を心から受け止めることに繋がった。 そのため、慈しみと懐かしさを感じながら練習を重ねて、吹奏楽コンクールに臨んでいる。

 一方の「はるか、大地へ」は、定期演奏会で演奏したが、この曲が課題曲だった年は別の曲を選曲したため、希望はもちろん、奥沢にも接点がない曲であった。 定期演奏会で取り上げる理由も、「今まで『海』をテーマに構成していたが、そろそろネタ切れのため、今年は『大地』をテーマに構成」であり、それ以外の他意はない。

 この曲を選曲会議で持ち出したのは小牧だが、曲名が示す大地はどこなのか、と選曲委員会で論議している。道央説、道東説のなか、道南説も上がったが、 最終的には、作曲者の上岡洋一氏が曲に込めた「自ら進んで開けてゆく」という心の問題を汲み取り、「実際の場所にとらわれず、演奏者の心の中の大地を進んで行くのでは」と、 意見がまとまった。

 ただ、吹奏楽コンクールの課題曲、それも1996年度という性格上、楽譜がすぐに入手出来るか未知数のため、楽譜を入手出来たら演奏、となり、 実際に入手出来たのが、希望の休職中だった。

「特急の車内でも聞いたけど、人によって『心の中の大地』の捉え方も違うから、余計、イメージしにくかったのではない?」

「それは指揮者も悩んでいたみたい。私みたいに、心を病んで苦しんでいた人がいる一方で、常に前向きに生きて苦労を感じていない人もいるからね」

 希望としては、結婚を約束した奥沢が遺した言葉が重荷となり、具体的に場所を言われて、その場所をイメージする方が楽だった。その希望に、 曲中で重要なメロディーラインのソロを吹くように、とパートリーダーから指示が出る。休職中で、社内吹奏楽団も休団中なのに……パートリーダーの真意を図りかねたが、 楽譜を渡しに来た宮浦が言うには、音色の変化で希望の心の状態を見抜き、希望がソロを吹くことで、見失った心の大地を振り返って、新たに進む大地を見付けて歩んで欲しい、 とのことだ。パートリーダーの言葉には一理あり、また、小牧のサポートで心の大地を開けて進むことが出来た。

「『ミカエル』の方は、天使とサタンの戦いだっけ?」

「サタンというよりは、諸悪。社会的な悪に、人の心に巣喰う悪」

 結構覚えているものだと思いながら、希望は「天使ミカエルの嘆き」の解説をしていく。

 新約聖書のヨハネ黙示録12章において、天使ミカエルは、悪との闘争における神の勢力を示し、悪の象徴としてサタンと呼ばれる龍を遣わせているが、この曲では、 地球上の様々な悪、戦争・公害・環境破壊・飢えなどの社会的な悪と、誹謗・妬み・盗み・復讐・怒り・傲慢・むさぼりなどの人間の心の中に巣喰う悪を指す。 これらの諸悪と天使ミカエルは闘い、いつの日か悪は駆逐され、善なるものにとって変わる日が来るが、悪はなかなか滅びずに、後から後から現れる。 天使ミカエルの嘆きはいつ喜びに変わるのか。人類の上に平安と柔和、豊かで美しい世の中が来る日を、全ての人々は願う……ヤマハ吹奏楽団浜松が、 藤田玄播げんば氏へ作曲を委嘱した作品である。

「今の時点でも関係が悪化している海外の国があるし、人間の心に巣喰う悪も、今、この場にいる僕たちの中にもあるから、時折、振り返る必要がある、ということか」

「作曲されたのが昭和53年で、その頃と今現在も余り変わらない、いや、今の方が酷くなっているのかもしれない。そのためにも、もう一度演奏したい曲なんだけどね」

 作曲者が今年の1月*1に亡くなって、と寂しい表情で希望は付け加える。昭和53年、西暦にして1978年に作曲されたとなると、 35年前のこと。年数を計算した利緖は、自分には作曲者が幾つの時に作曲したのか分からないが、と前置きしながら、感じたことを語る。

「人間として生まれた以上は、必ず死を迎えるから、いつ死を迎えても良いように、吹奏楽を通して世の中にメッセージを送った、とでもいうのかな、僕はそういうものを感じる」

「そのメッセージを伝えていくのが、演奏者の役目だね。そういう意味でも、作曲家って凄いと思うよ。詞が入らない音楽を聴いて感じるものは、人それぞれだから」

 歌詞に限らず、詩や小説、日頃の日記などの文章は「言葉」という形で残るため、的外れなことでなければ、メッセージを伝えるのは容易である。 絵画もイメージしやすいため、画家のメッセージを読み取りやすい。そのため、「言葉」の入らない音楽で、メッセージを的確に伝えるのには、豊かな感性と、 感性を研ぎ澄ませて集めたものを音符にする才能が必要となる。また、イメージを関連づける曲名も、感性がなければ的確に付けられない。極端な話、 「吹奏楽のための序曲」だけだと、作曲者が意図するものが全く見えない。実際にそういう曲があるので、指揮者と演奏者は泣かされる。

「『はるか、大地へ』のときも、それで論議になった……んだよな?」

「あなたも良く覚えているね」

「海大好き人間の希望が、あれだけ青森と函館の間で山側に拘ったら、忘れろという方が、ム、リ」

「やっぱりそうなるかぁ」

 利緖の言葉に希望には返すものがないが、結婚記念旅行もとい新婚旅行の行き先を函館を中心とした北海道と決めた際、希望は、往路に東北新幹線に乗るのなら、 八戸から函館に行く特急で「北海道に入ってからの山側の景色を見たい」と、リクエストという名のわがままを貫いた。当時の特急「白鳥」は八戸発着で、 青森駅で方向転換するため、青森から先、確実に山側に座る手段を内海に教わったぐらいだ。新幹線と特急の乗り継ぎも、所定接続では、 自由席で意とする座席に座るのは難しいかも、ということで、1時間以上前に到着する新幹線にしてもらっている。希望は利緖の寛容深さに、改めて感謝の意を伝える。

「ところで、『おほなゐ』の曲名は初めて聞いたけど、どういう曲?」

「2002年のコンクールで演奏したんだけど、阪神淡路大震災をテーマにした曲なのね」

 今の希望には、あまり触れたくない曲だが、それでも、作品についてのことを話し始めた。


*1…2013年1月30日没。